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2025年8月23日 (土)

「黒川の女たち」

Kurokawanoonnatachi 2025年・日本   99分
製作:テレビ朝日
配給:太秦
監督:松原文枝
プロデューサー:江口英明
撮影:神谷潤、金森之雅
語り:大竹しのぶ

敗戦後の満州からの引き揚げの際に、性暴力の犠牲となった黒川開拓団の女性たちの知られざる真実に迫ったドキュメンタリー。監督は「ハマのドン」の松原文枝。大竹しのぶが本作の語りを担当する。


今年は終戦から80年。テレビでもいろんな特集番組が組まれたり、戦争にまつわる映画(「木の上の軍隊」「雪風 YUKIKAZE」等)も公開されたりしているが、何度も観たり聞いたりしたものも多く、映画の方も評価の高いものはなく食指が動かない。

だが、ミニシアターでひっそりと公開されているこの作品の概要を聞いて、これは観ておかねばと劇場へ向かった。

観て衝撃を受けた。こんな事が実際に行われて、それがつい最近まで闇に葬られていた事にも愕然となった。これも一つの終戦秘話だ。80年経っても、まだまだ戦争の傷痕は癒えてはいないのだ。


1930~40年代に、日本政府の国策の下実施された満蒙開拓により、日本各地から多くの人たちが、満蒙開拓団として中国・満州の地に渡った。その団数はおよそ900にも上る。
岐阜県黒川村からも数百人の村人が「黒川開拓団」として満州に渡った。

満蒙開拓の目的は、満州の土地を開拓するのが大義名分だが、地方の貧しい農村の人数を減らす目的も含まれていたとナレーションは語る。

45年に入り、日本の敗色が濃厚になると、ソ連は日ソ不可侵条約を破棄、終戦間際の8月9日、ソ連軍が満州に侵攻する。開拓団を守ってくれるはずの関東軍はさっさと退却、満蒙開拓団は過酷な状況に追い込まれる。集団自決を選択した開拓団もあれば、逃げ続けた末に命を落とした人も多かった。

当時、満州を支配していた日本人は、(一部の人だろうが)現地の中国人を侮蔑する扱いをしていたから、日本が負けた以上、中国人から報復を受けるかも知れない。開拓団はそれを恐れて、自決か逃亡を選ぶしかなかったのだ。

そんな中、黒川開拓団の人々は生きて日本に帰るために、敵であるソ連軍に自分たちを守ってもらうよう助けを求めた。その見返りに、数えで18歳以上の15人の女性を「接待」としてソ連兵に差し出す事とした。つまりは、「性接待」だ。
女性たちにとっては辛い事だが、黒川開拓団が生きて日本に帰るには、それしか道はなかったという事だろう。

ともかくも、そのおかげで開拓団員たちはなんとか黒川村に帰る事が出来た。

やりきれないのは、帰って来た村では、性接待をした女性たちが噂を立てられ、汚れた女として誹謗中傷され、差別されたという事実。結婚を反対された人もいたそうだ。
本来なら、開拓団員の命を救った恩人であるはずなのに、差別されるなんて。怒りがこみ上げて来る。こうした事から、性接待をした女性たちも口を閉ざし、この事実は永年封印されて来た。

その事実が明らかになったのは2018年。岐阜市民会館で行われた戦争の証言集会で、佐藤ハルエさんという性接待の当事者の一人が、自身の体験を語った事から。
この証言は同年8月、朝日新聞全国版掲載されたが、これを読んだ、テレビ朝日「報道ステーション」のディレクター、松原文枝さんがテレビドキュメンタリーとして制作を開始、多くの証言を集め、岐阜県白川町の神社に建立されている黒川開拓団の慰霊碑の一つ「乙女の碑」に2018年11月、ソ連軍への性接待の事実が新たに碑文に刻まれるまでをカメラに収め、2019年にテレビ放映された。松原さんはその後新たな取材を行い、自分で監督して映画にしたのが本作である。


映画の冒頭、その「乙女の碑」が映し出される。そして松原監督は、佐藤ハルエさんやその他の女性たちにもインタビューを行い、証言を聞き出す事に成功する。その様子が画面に登場する。
Satouharue佐藤ハルエさんはカメラに向き合い、淡々と、しかしありのままに堂々と「生接待」の生々しい様子を証言する。70年以上も昔の事なのに、記憶力は確かである。その佐藤さんに勇気づけられたのか、他の数人の女性たちも次々と証言してくれている。思い出したくもないであろうに、佐藤さんと同じく、性接待の様子を事細かく証言してくれている

証言の内容はあまりにも生々しく、おぞましいのでここでは書かない。酷いと思った。涙が出てしまったほどだ。

ただ判った事は、彼女たちは、黒川開拓団員全員の身の安全を守るために行った事だから、誰に恥じる事もない、という信念を持っている事、そして、自分たちが生きているうちに、この事実を戦争の記録として後世に残さなければならない、という強い思いから語り出した、という事である。

彼女たちが語らなければ、この事実は永久に封印されたままであろうし、またその証言をきちんとカメラに収め、映画として全国公開してくれた松原文枝監督の粘り強い努力にも深い尊敬の念を抱いた。
監督が女性だった事もよかった。女性としての悲しみを理解出来る存在でもあったし、また女性監督の前だからこそ、オープンに話すことも出来たのだろう。

そしてもう一人、開拓団団長の息子で、現在は遺族会の会長をしている藤井宏之さんの存在も大きい。松原監督に佐藤ハルエさんを紹介したのも藤井会長だし、「乙女の碑」の碑文刻み込みに力を注いだのもこの方である。
そして会長が女性たちに、父に代わり、悪かった、と頭を下げる姿にも心打たれた。おそらく開拓団団長も彼女たちを犠牲にした事で苦しんでいただろうし、その息子の宏之さんも、いつかは彼女たちに謝罪しなければ、という思いがあった事を語っている。

その後2024年1月になって、佐藤ハルエさんの体調が悪くなり、松原監督は藤井会長らと共に見舞いに行くが、松原さんたちのいる前で、ハルエさんは亡くなられた。99歳だった。
その様子もカメラに収められている。眠るような安らかな死に顔だった。


何度も涙が出た。
佐藤ハルエさんを含む黒川村の女性たちが体験した悲しく辛い出来事にも涙を誘われたが、老境に至って、この事実は歴史に残すべきだと決心し、恥じる事なく自らの体験をカメラの前で堂々と語ってくれた彼女たちの勇気ある行動にも深い感動を覚えた。

この悲劇は、決して過去のものではない。女性を接待用員にする風潮は現在も残っているし、世界のあちこちでは今も戦争が起こり、その結果として立場の弱い人たちが常に犠牲になっている。ガザでは子供たちが飢え、死んでいる。

そうした悲劇を繰り返さない為にも、戦争の恐ろしさは伝えて行くべきだし、二度と戦争を起こさないよう私たちも国家も努力すべきではないかと強く思う。

Matsubarafumieこれこそ、今観るべきドキュメンタリーの秀作である。是非多くの人に観て欲しい。松原文枝監督にはこれからも優れたドキュメンタリーを作っていただきたいと願う。期待したい。 
(採点=★★★★☆

 

 

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