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2025年10月16日 (木)

「どうすればよかったか?」

8da87d80d7753626 2024年・日本   101分
製作:動画工房ぞうしま
配給:東風
監督:藤野知明
撮影:藤野知明、淺野由美子
編集:藤野知明、淺野由美子
制作:淺野由美子

統合失調症の症状が現れた姉と、それを見守る家族の姿を20年にわたって監督自身が記録したドキュメンタリー。監督は「アイヌプリ埋葬・二〇一九・トエペッコタン」「とりもどす」など、アイヌをテーマにしたドキュメンタリーを手がける藤野知明。2023年山形国際ドキュメンタリー映画祭日本プログラム上映作品。台湾国際ドキュメンタリー映画祭2024アジアン・ヴィジョン・コンペティション部門出品作品。2024年度全国映連賞特別賞受賞。

面倒見がよく、絵がうまくて優秀、両親の影響から医師を志し、医学部に進学した8歳歳上の姉が、ある日突然事実とは思えない事を叫び出した。統合失調症が疑われたが、医師で研究者でもある父と母はそれを認めず、精神科の受診から彼女を遠ざける。その判断に疑問を感じた弟の藤野知明は、両親に説得を試みるも解決には至らず、わだかまりを抱えながら実家を離れる。その後映像制作を学んだ藤野は、姉が発症したと思われる日から18年後の2001年からビデオカメラを使い、帰省する度に家族の姿を記録し始める…。

昨年12月に、全国4館から公開スタートしたが、反響を呼んで連日満席が続き、公開から45日間で公開劇場は41館に増えた。その後も観客動員は伸び、遂に全国100館以上への拡大上映にまで発展し、興行収入は1億円を超えた。ミニシアター系で公開されるドキュメンタリー映画としては異例の大ヒットとなっている。なんだか「侍タイムスリッパー」と似たような経過を辿っている。内容はまったく正反対であるが。

そんな話を聞いて、観たいと思っていたが、内容が重苦しそうなので躊躇っていた。

だが大阪のミニシアター、シアターセブンではなんと上映開始から10ヵ月経った現在も続映中。とうとう意を決してシアターセブンに行く事にした。

(以下ネタバレあり)

映画の冒頭、真っ暗な画面に、意味不明の言葉を怒鳴る女性の声が響いている。これは監督の藤野知明が1992年頃、ウォークマンで録音したもので、姉の言動を記録した最初のものである。

知明の8歳歳上の姉に、いわゆる、統合失症と見られる症状が現れたのが1983年。知明は66年生まれなので当時は高校生くらいか。

両親は共に医師で研究者。姉もその影響で医師を目指して勉強中での発症。
だが、姉を病院に連れて行った両親は「健康で問題ないとお墨付きをもらった」と言って、以後一切精神科にかけようとしなかった。その後も病状は進み、大声でわけの分からないことを延々と怒鳴り続けたり、目もうつろになり、話しかけられても応答しなくなる。それでも両親は病院に連れて行こうとはしなかった。

藤野家の実家は札幌市だが、知明は大学卒業後横浜で働き、後に東京でドキュメンタリー作家として活躍するので、実家に帰るのは時たま。だがさすがにこのまま放ってはおけないと、2001年よりビデオカメラを使って、帰省のたびに外出や食事など家族の日常の様子の撮影を始めた。映画はその記録映像が大半を占める。

画質は普通のホームビデオ並みである。カメラ位置も不安定だし、時に変なアングルになったり、映像としては素人に近い。会話も不明瞭で聞き取れない時もある。
それが却って、一家の日常の現実を覗き見ているようなリアリティが感じられた。

娘が隙を見て家を出て行くかも知れないと、両親が玄関ドアに鎖付きの南京錠で施錠している映像もある。ここまで来るとどっちが頭がおかしいのか訳が分からなくなる。

2005年頃には母に認知症の兆候が表れ、年老いた父一人では姉と母の二人を見ることは困難になっていた。
知明はこれが最後のチャンスと両親を説得し、姉を精神科に入院させたら、薬の効果もあってなんと3ヶ月で退院し、ちゃんとした会話も出来、失調症の病状はほぼ現れなくなった。

ここからは穏やかな日常生活が戻って来る。姉が笑ってピースサインをしたり、台所で調理もしたり、家族で花火をしたりするほどにまでなった。これらのシーンでは私もホッとし、涙腺が緩んで来た。

その後母は他界し、姉もガンで亡くなった。その葬儀の場面も記録されている。なお終盤はスマホで撮ったのか画質はずっと鮮明になっている。

映画は最後に、知明と父との会話で締めくくられる。知明は父を問い詰め、「どうすればよかったか?」と語る。これがタイトルになっている。


映画を観た観客からは「どうするも何も、早く病院に入院させれば良かったのだ。」との声が多く聞かれる。

確かにそうかも知れない。そうしていれば姉は早期に回復し、姉が望んだ医師にもなれただろうし、幸福な人生を歩めたかも知れない。

だが私には両親の気持ちも分かる気がする。今でこそ医療技術が進み、統合失調症は回復する可能性は高まっている。しかし最初に発症した1983年当時は、まだ満足の行く治療は期待出来なかったし、発症すれば精神病院で長期間の入院生活を送らなければならなかった。またこうした病気に対する世間の理解も進んでいなかった。家族から統合失調症患者が出る事は世間体が悪い、と考えていた人も多かっただろう。共に医者で研究者でもある両親は、人一倍そう感じていはずだ。

何より、映画の中では使われなかったが、この病気は当時は“精神分裂病”と呼ばれていた。病名自体が差別的なニュアンスを含んでいた(以前は“痴呆症”と呼ばれていた認知症も同じ)。「統合失調症」と病名が改訂されたのは2002年である。

2025年の今だからこそ、他人だからこそ、「早く病院に連れて行くべきだった」と言えるが、当時自分がその状況に置かれて、「世間体が悪かろうが、精神病院に入院させるべきだ」と決断出来ただろうか。

最近の映画「遠い山なみの光」の中でも、原爆の被爆者は差別を受けていたので、それを隠そうとする描写があった。
20世紀にはまだまだ、世間の無理解、偏見、差別があり、それを避ける為の隠蔽を行う事もあっただろう。その事は頭に入れておくべきである。

人間は弱い、そして自分勝手な生き物だ。間違う事も、迷う事もある。でもそれが人間である。「どうすればよかったか?」、それに対する絶対的な正解を見つけられる人間は、いないのではないだろうか。

自分の家族の内情を曝け出してまでも、あえてこの映画を作った藤野知明監督の勇気と決断には、素直に敬意を表したいと思う。

考えさせられ、心に深く沁みる、人間の本質に迫るドキュメンタリーの秀作であった。観て良かった。   (採点=★★★★☆


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