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2025年11月26日 (水)

「爆弾犯の娘」 (ノンフィクション本)

Bakudanhannomusume_20251126223001 梶原阿貴 ・著

ブックマン社・刊   1,980円(税込)

発行日:2025年6月24日

単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 288ページ

 

 

以前、高橋伴明監督の「『霧島です』」評を書いた時に、この作品の脚本を書いた梶原阿貴さんの父親も、“爆破事件に関与し、指名手配され逃亡していた”という事を知って驚きました。

その梶原さんが、父親がどうして爆弾犯になったか、その顛末も含めて自分の過去を書いた本書が読みたくなって、図書館で借りて読んでみました。


いやー面白い。一応阿貴さん自身の生い立ちから現在までを辿った自伝的エッセイなのですが、爆弾犯になった父親、彼を取り巻く梶原さんの母や祖母といった、梶原家の家族の人たちがまたユニークで変わった人たちばかり。読んでて何度も笑ってしまいました(以下敬称略)。

なんせ本書のカバー裏に書かれてい序文からして、「我が家に隠れるように暮らしている青白い顔のあいつ。あいつには名前がなかった。最悪なことにあいつは私の父だった」ですからね。最初は何の事か分かりませんが、徐々にその意味が判って来ます。

阿貴の父、梶原譲二は、「現代人劇場」という劇団に所属していた俳優で、あの石橋蓮司や緑魔子とも一緒に芝居に出ていたそうです。それが一方では「鎌田グループ」という過激派組織にも属していて、1971年12月にクリスマスツリー爆弾事件を起こして指名手配され、他のメンバーは事件後数年以内にみな逮捕されましたが、梶原譲二だけはその後14年にもわたって警察の目を逃れ潜伏していました。…と聞くと、まるで映画「『霧島です』」で描かれた霧島聡とそっくりですね。髙橋伴明監督がこの映画を作るに際し、阿貴に「お前なら書ける」と言ったのも納得です。

俳優として活躍していたにも拘わらず、譲二が過激な反体制活動にのめり込んで行ったのは、後に彼が「演劇の力で世の中を変えたいと思ってたが、それだけでは足りないと思った」と語っている通りでしょう。純粋な人間ほど、こうした信念に突き進んでしまうのでしょうね。

で、梶原譲二がどうやって14年間も潜伏出来たのかと言うと、これが実に奇想天外、変わっています。
阿貴の母も劇団の俳優で、1972年頃、譲二と同じ劇団にいた別の劇団員と恋愛し、結婚するつもりでしたが、男の浮気が元で破局し、落ち込んでいる時に、譲二の方から結婚してくださいと申し出がありました。ところが譲二から、実は爆弾事件で指名手配されていると聞かされます。普通なら断るでしょうが、母はなんと「えーっと思ったが、まあいいか」と結婚してしまうのです。そして翌1973年、阿貴が生まれます。

譲二もちょっと変わっていますが、指名手配犯と結婚し、ずっと匿い続けた母の方がもっとぶっ飛んでますね。以後親子3人はアパートを借りて、譲二は警察の目を逃れる為、昼間は奥の部屋で息を殺して暮らし、夜になると「ただいま」と部屋から出て来る、不思議な生活を続けて行きます。

そんなわけで、阿貴が物心ついた時には既に、名前も知らないヘンなおじさんが家に居て、昼間はずっと奥の部屋に籠っているのですから、気味悪いと思ったでしょうね。

母親は阿貴に、友達にも誰にも家の場所は言ってはならない、友達を連れ来てもいけないと厳命するのです。学校に届けた住所も、自宅でなく母の仕事先です。家に来られたら困るからでしょう。
さらに母は「枕元には各々のボストンバッグを置いておくこと。何かあればすぐに逃げられるように」という梶原家の掟まで作るのです。まるで一家全員が逃亡犯みたいです(笑)。

そして、たまに登場する阿貴の祖母がまた面白い。西伊豆で芸者置き屋をやっているのですが、気っぷの良さと貫禄があり、何かと言うと「上等上等、上等博覧会」が口ぐせのように出て来ます。母に劣らぬ肝っ玉ばあさんです。阿貴はこの祖母が、映画に出て来るヤクザの女親分に見えたと書いています。
「阿貴が成人式に出る時は遠慮なく言いな。いくらでも着物貸してやる」いやまさか、芸者の着物で成人式はまずいでしょう(笑)。

阿貴は、ある程度の年齢になると、奥の部屋に隠れているおじさんが自分の父で、譲二という名前で、指名手配の爆弾犯である事を知ります。

警察の前を通ると、指名手配の犯人のポスターに、父の名前と顔写真を見つけます。なんとその隣が、あの霧島聡だったというのも、今から考えると不思議な縁を感じますね。

しかしやがて、こんな生活にも終わりの日がやって来ます。1985年、事件から14年後、譲二は自ら警視庁に出頭、逮捕されます。長い隠遁生活に疲れたのか、あるいは娘をいつまでもこんな状態に置いてはいけないと考えたのかも知れません。その時阿貴は小学6年生でした。
刑期は6年。出所した時、阿貴は高校3年生になっていました。


そして後半は、梶原阿貴の、芸能界での活躍ぶりが中心になります。

阿貴は共に俳優だった父と母の後姿を見て、俳優になろうと決心します。それは母と一緒に見た、石橋蓮司と緑魔子が共演する舞台に強く心を動かされ、また父が爆弾犯となった事で俳優の夢を諦めた事が強く影響しているのでしょう。
1990年、阿貴は「櫻の園」(監督:中原俊)で俳優デビュー、以後「青春デンデケデケデケ」(監督:大林宣彦)、「M/OTHER」(監督:諏訪敦彦)、「ふがいない僕は空を見た」(監督:タナダユキ)などに出演します。いずれも秀作でしたね。2007年からは脚本家にも転出、アニメ作品からスタートして、2022年の「夜明けまでバス停で」(監督:高橋伴明)でキネマ旬報日本映画脚本賞を受賞して一躍注目され、次の「『霧島です』」でも優れた脚本を書きますが、どちらの作品共、爆弾犯だった父の生き方が強烈に反映されているのは、映画を観た方なら解かっていただけるでしょう。


読み終わって、とても心に沁みました。

こんな不思議と言うか壮絶な人生を歩みながら、きちんとそれを自分の肥しとして見つめ直し、脚本家として大成した梶原阿貴も立派ですが、破天荒な生き方をしているように見えて、しっかりと娘を一人前の人間に育て上げた母も、素敵な人だと思えました。
特にジンと来たのは、阿貴が母から貰ったお守りに「明日の朝、私たちがいなくなっていても、一人で強く生きていってね」と書かれていたというくだり。ここに私は母の愛を感じました。

そして外側からは異様に見えようとも、そこにはしっかりとした親子の絆が存在している事を改めて示してくれているように思えました。

家族とは、親子とは、夫婦とは何か、考えさせてくれる、素敵なノンフィクション・ドキュメントでした。

この本、梶原阿貴の脚本で、是非長編ドラマとして映画化して欲しいと願います。監督は高橋伴明で。期待しています。


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梶原阿貴・著「爆弾犯の娘」
Bakudanhannomusume


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コメント

https://www.youtube.com/watch?v=_pqBzRGt8FQ

上記の番組で彼女の話を観ると爆笑できますよ!

投稿: fumoffu38 | 2025年11月27日 (木) 23:36

◆fumoffu38さん
情報ありがとうございました。
Youtube見て来ました。面白い話が盛りだくさんで楽しめましたよ。
またコメントお寄せください。これからもよろしく。

投稿: Kei(管理人 ) | 2025年12月 4日 (木) 22:28

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