「Black Box Diaries」
2024年・イギリス=アメリカ=日本合作 102分
製作:Hanashi Films=スターサンズ
配給:スターサンズ、東映エージエンシー
監督:伊藤詩織
プロデューサー:エリック・ニアリ、ハナ・アクビリン、伊藤詩織
企画:河村光庸
撮影:ハナ・アクビリン、岡村裕太、伊藤詩織、大塚雄一郎
編集:山崎エマ
音楽:マーク・デリ・アントーニ
ジャーナリスト兼映像作家の伊藤詩織が自らの身に起きた性暴力について、記録映像と本人の語りを中心に構成し監督したドキュメンタリー。世界各地の60以上の映画祭で上映され、ドキュメンタリー界のアカデミー賞と言われるIDAドキュメンタリー賞で新人監督賞を受賞するなど、20以上の映画賞を受賞した。また2025年・第97回アカデミー賞では、日本人監督として初めて長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。
2015年4月3日、ジャーナリストを目指す25歳の伊藤詩織は突然、思いもよらない被害を受ける。それは、“同意のない性被害”だった。伊藤は実名を公表し、この事件と立ち向かうことを決意する。自身がスマートフォンに残していた当時の思いや裁判の行程、多くの記録映像を基に、延べ8年をかけて、日本社会が抱える数々の問題を浮き彫りにして行く。
伊藤詩織さんの性被害事件は、当時メディアでも大きく取り上げられていたのでよく知っている。
性被害を受けたのに、加害者が何故か逮捕されなかった所までは知っていたが、詳しい事は知らないまま月日が経って、私ももう忘れかけていた。
本作は、その被害者である伊藤さん自身が、事件の発端からその後の経過、支援者たちの活動、援助、民事裁判の結果までを、伊藤さん自身が撮ったものも含めた膨大な映像記録を編集し、自ら監督も手掛けて完成させたドキュメンタリー映画である。
それにしても、自身を被写体として、自分で監督したドキュメンタリーというのは珍しい(しかも多分思い出したくもないであろう自身への性被害が題材だ)。これは本人が映像ジャーナリストでもあるからこそ可能になったと言える。勇気ある行動だ。これは見逃せない。
私が観たのは、たまたま伊藤さんの舞台挨拶付きでの上映だった。(1月24日、kino cinéma心斎橋にて)。その事もあるのだろうが、客の入りはほぼ8~9割と盛況だった。
(以下ネタバレあり)
冒頭、事件が起きた後にスマホで撮った、伊藤さんが自身の心の意葛藤、思いのたけを語った動画が登場する。鮮明な映像が撮れるスマホの登場は、こうしたドキュメンタリーが個人でも簡単に作れるようになった事で功績大と言えるだろう。
舞台となったホテルの監視カメラ映像も登場する。意識朦朧で自分で起き上がる事も出来ない伊藤さんを、加害者である元TBS記者の山口氏が抱き抱えてホテルに入る映像が撮られている。薬を盛られたのではと誰もが想像するだろう。
伊藤さんは警察に行き被害届を出そうとするが、警察は「証拠がないと」と捜査を渋る。「よくあることだから諦めるように」とまで言われる。
それでも一人の捜査員A氏が伊藤さんの熱意にうたれ、頑張って逮捕状請求にまで漕ぎつけ、山口氏が海外出張から帰国した所を逮捕する手はずだったのが、その寸前に上層部から待ったがかかり、逮捕は出来なかった。その上、A氏も、逮捕状を請求した検事も、共にこの件の担当から外されたのだという。
これは山口氏が安倍晋三首相と親しい関係にあったから、大きな力が動いたのではと当時も囁かれた。逮捕にストップをかけたのは警視庁の刑事部長で、彼はその後警察庁長官に栄転したという。
なんとも胸糞の悪くなる話だ。黒澤明監督の「悪い奴ほどよく眠る」を思い出す。権力者の圧力か、それへの忖度か、闇の力が動いて真実は握り潰されるというドラマは多く作られているが、本件は実話なのだから始末が悪い。まさに題名通り、真相はBLACK BOXの中だ。
それでも伊藤さんは諦めない。2017年、事件についての手記「Black Box」を出版し、さらに刑事事件で不起訴ならと、山口氏に対し損害賠償を求める民事裁判を起こす。
こうした行動について伊藤さんは、「私が声を上げたのは、彼(山口)と闘うためではなく、沈黙したら、同じような被害者がまた出てしまう。こうした性暴力をオープンに話せる社会にし、司法や捜査システムを改善したい」と語っている。自分だけの問題ではなく、世の中に蔓延る根深い性暴力を、社会全体の問題として提起しようと言うのだ。この姿勢には心打たれる。
2017年と言えば、ワインスタイン事件をきっかけに、アメリカで#MeToo運動が活発になった年でもある。日米でほぼ同時期に性被害を受けた女性たちが立ち上がった、という事実も記憶に留めておくべきだろう。
感動的だったのが、、民事裁判に際して、ホテルのドアマンの「実名を出して貰って結構です。ホテルからどんな仕打ちをされても覚悟があります」との言葉。これを聞いて伊藤さんは泣き崩れる。私もついもらい泣きしてしまった。このホテルマンにしろ、捜査員A氏にしろ、男性にもこういう勇気ある人がいる事で救われた思いだ。
そして2022年7月、最高裁で「山口氏の行為は同意のない性暴力だった」と認定し、山口氏への賠償命令が確定する。遂に伊藤さんは勝利したのだ。ここも感動的だ。
前半は重苦しい展開だったが、この終盤の逆転劇には胸がスっとした。ドキュメンタリーなのに、とてもドラマチックで見応えのある作品になっているのが素晴らしい。世界各国で本作が絶賛されているのも納得だ。
映画が終わると、拍手が巻き起こった。これも近年では珍しい。
その後、伊藤さん自身が登壇し、舞台挨拶が行われた。

伊藤さんは、映画がこうして公開され、多くの観客が来てくれた事への感謝をまず述べていた。支えてくれた多くの人たちへの感謝もあった。また、いくつかの想い出話も語ってくれた。
その後質疑応答があったが、どなたも質問と言うより、困難を乗り越え素晴らしい映画を作ってくれた事への感謝の言葉が多かった。これも素敵な事だ。
いつまでも、弱者に寄り添う、戦うジャーナリストとして活躍してくれる事を期待したい。是非多くの人に観て欲しい、告発ドキュメンタリー映画の秀作である。 (採点=★★★★☆)
(付記)
本作のクレジットに、企画:河村光庸の名前があった。これまでも当ブログで書いて来たが、製作・配給会社スターサンズの代表として、「新聞記者」「空白」「月」などの社会派テーマの秀作を世に送り出して来た名プロデューサーである。本作もスターサンズ配給である。
2022年に亡くなられたのは残念だが、また一つ、河村プロデューサーの代表作が誕生した事は喜ばしい。
エンドロールにも、In Memory Of MITSUNOBU KAWAMURA の文字があった。
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コメント
早速,観てきました。事件のことは、だいたい知ってましたが、最高裁までいって勝訴したのは知りませんでした。伊藤さんは、よく頑張りました。捜査官A、ドアマン、また、伊藤さんを支える人たちを見ると、日本もまだ捨てたもんじゃないと思えます。伊藤さんの活躍を期待します。
投稿: 自称歴史家 | 2026年2月 1日 (日) 15:01
◆自称歴史家さん
ドキュメンタリーなのに、まるでドラマのような感動作になっていましたね。
関係者の承諾なしで映像を使ったという事で一時批判されましたが、最終的に了解が得られた事も良かったと思います。海外じゃ承諾なしの使用なんてよくある事なんですけどね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2026年2月15日 (日) 15:00