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2026年2月 4日 (水)

長谷川和彦さん 追悼

Hasegawakazuhiko2 映画「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」などの秀作を発表した映画監督の長谷川和彦さんが、1月31日、多臓器不全のため死去されました。享年80歳でした。

 

 

 

ショックです。訃報を聞いて、しばらくは呆然となりました。

Hasegawakazuhiko3 デビュー作「青春の殺人者」(1976年)、2作目「太陽を盗んだ男」(1979年)を立て続けに監督し、いずれも映画評論家、映画ファンからも絶賛を浴び、一躍時代の寵児となりました。

私もこの2本をリアルタイムで映画館で見て、身体が震えるほどの興奮を味わいました。
「凄い監督が現れた」 「これからは長谷川和彦の時代だ!」と、私だけでなく多くの映画ファンはそう思った事でしょう。愛称は“ゴジ”です。                (デビュー当時の長谷川監督)

何より凄いのは、「青春の殺人者」がキネマ旬報ベストワン、同読者選出ベストテン3位、「太陽を盗んだ男」が評論家選出ベスト2位、読者選出ベストワン、と、評論家、読者いずれからも高い評価を得た点です。デビュー1、2作目続けてこんなに高評価を得た監督なんて、後にも先にも長谷川和彦ただ一人しかいません(デビュー作がベストワンになった監督は数人います)。ちなみにこの2本のチーフ助監督は相米慎二でした。

「太陽を盗んだ男」は東宝系で公開されましたが、スケールのでっかいエンタティンメントの力作だったにも関わらず、興行的にはヒットしませんでした。と言うかコケました。
当時の配給収入ベストを見ると、東宝系上位5位に入っていません。皮肉な事に、「太陽-」と同じ山本又一朗製作の「ベルサイユのばら」が2位なんですね。

何故こんな面白い映画が当たらないんだと私は当時歯嚙みしました。長谷川監督も同じ思いだったでしょう。そして以後、長谷川和彦の監督作はありません。


1982年には、長谷川の「一人の監督の主宰する独立プロではなくて企業としてもちゃんと映画を作っていける集まりを作りたい」との思いから、相米慎二、黒沢清、大森一樹、高橋伴明、根岸吉太郎、池田敏春、井筒和幸、石井聰亙ら若手監督9人による企画・制作会社「ディレクターズ・カンパニー」(ディレカン)を設立します。今から考えたらすごい顔ぶれです。長谷川は取締役に就任します。
元々は、“長谷川に映画を撮らせよう”という仲間たちの思いもあったでしょう。しかし池田監督の「人魚伝説」など20本ほどの作品を製作したものの、ヒットには至らず赤字が嵩みます。まずまずだったのは相米監督の「台風クラブ」くらいだったでしょうか。
悪い事に井筒監督の「東方見聞録」で死亡事故を起こし公開は延期、ディレカンは倒産してしまいます。
結局、9人の中で長谷川のみ、1本も監督作を発表出来ませんでした。皮肉なものです。

その後も長谷川監督は新作を発表すべく、いろいろな企画を立てましたが実現には至りませんでした。中でも連合赤軍を題材とした作品は「太陽-」直後からの宿願でした。何度も脚本を書き直しましたが、納得の行く脚本が仕上がらず、頓挫したままとなりました。
なお「私をスキーに連れてって」、ホラー映画「リング」「らせん」等のヒット作を製作した河井真也プロデューサーも長谷川監督の熱烈なファンで、「連合赤軍」の企画にも携わりましたが、河井さんによると、「『連合赤軍』だけでも何十冊の脚本がある。ただ、どうしても6時間以内の尺(長さ)にならなかった」との事でした。

その他、自身が広島原爆の胎内被曝者という事もあって、「広島を舞台に、原爆をテーマとした作品を作りたい」とも語っておられましたが、これも実現に至りませんでした。
河井さんによると、長谷川は昨年も「数年前から、再び『連合赤軍』に取り組んでいる。ただ来年の1月には80歳。しかも体調も良くない状態が続く。雪山撮影はハードだ。日本の観客の嗜好や、50年以上前の事件に若者たちが反応してくれるだろうか。それより、この事件を知る人はどんどん減ってきている。それでもやる意義はずっと感じている」と語っていたそうです。凄い執念ですね。
結局それも叶う事なく、とうとう鬼籍に入られてしまいました。残念無念です。

なお河井真也プロデューサーの「鬼才・長谷川和彦監督を偲ぶ」と題する長文の追悼記事は下記のサイトで読む事が出来ます。
https://article.yahoo.co.jp/detail/caa7be2b935eccb24aad00a6598cbd795ed9fe1f


思えば、時代が悪かったのかも知れません。長谷川監督が登場した1970年代は、日本映画の状況が極端に悪い時代でした。大映は倒産、日活は低予算のロマンポルノに舵を切り、黒澤明監督ですら思うような映画が作れず、自殺未遂を図りました。ヒット作はシリーズ物か、原作がベストセラーとなった物くらい、後半からは角川春樹製作の大作映画がヒットしましたが、主導権はプロデューサーにあり、長谷川監督のような個性的で、スケールの大きな作品を作りたいと願う新人監督は映画を作り難い時代でした。
今の時代だったら、「国宝」のようなスケール感のある文芸作でも、予算と時間をかけて製作し、SNSの口コミもあって話題となって大ヒットさせる事も出来ましたし、上映時間が3時間を超えるような大スケールの映画でも、Netflixのような配信で製作する事も可能となりました。今の時代にもし長谷川和彦が30歳~40歳代の若手だったら「連合赤軍」映画化は実現したかも知れません。悲運の監督と言えるでしょう。

それでも、「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」という傑作映画を残し、多くの映画ファンに愛され、伝説の名監督として今も語られる存在となった事だけでも凄いと思います。

Hasegawakazuhiko4

幸い、DVDや、アマプラ、U-NEXT等の配信でこの2本は鑑賞可能ですが、是非追悼の意味で、テレビ(BSでもいい)で放映していただく事を希望します。

長谷川さん、お疲れさまでした。安らかにお眠りください。合掌。

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コメント

太陽を盗んだ男が我が最高の日本映画です。

いま公開中の、高校生が大麻を栽培して売りさばく「万事快調 オール・グリーンズ」で太陽を盗んだ男に触れるシーンがあります。傑作です。


「生まれ変わってもきっと監督に」 室井滋さんが悼む長谷川和彦監督
https://www.asahi.com/articles/ASV223TNZV22UCVL02VM.html

投稿: タニプロ | 2026年2月24日 (火) 12:04

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