「ブゴニア」
2025年・アイルランド=イギリス=カナダ=韓国=アメリカ合作
製作:Element Pictures=Fruit Tree Entertainment 他
配給:ギャガ
原題:Bugonia
監督:ヨルゴス・ランティモス
オリジナル脚本:チャン・ジュナン
脚色:ウィル・トレイシー
撮影:ロビー・ライアン
音楽:イェルスキン・フェンドリックス
製作:エド・ギニー、アンドリュー・ロウ、ヨルゴス・ランティモス、エマ・ストーン、アリ・アスター、ラース・クヌードセン、マイキー・リー、ジェリー・ギョンボム・コー
2003年に作られた韓国映画「地球を守れ!」(日本未公開)をリメイクしたサスペンス。監督は「哀れなるものたち」、「憐れみの3章」の鬼才ヨルゴス・ランティモス。主演はランティモス監督とはこれで5度目のタッグとなるエマ・ストーン。共演は「シビル・ウォー アメリカ最後の日」のジェシー・プレモンス、オーディションで抜擢された新星エイダン・デルビス、ランティモス監督の「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」のアリシア・シルヴァーストーンなど。
(物語)世界的に知られた製薬会社のカリスマ経営者として脚光を浴びるミシェル(エマ・ストーン)が、何者かに誘拐される事件が発生。犯人は、ミシェルが地球を侵略する宇宙人だと固く信じる陰謀論者のテディ(ジェシー・プレモンス)と、彼に従う従弟のドン(エイダン・デルビス)だった。2人は彼女を自宅の地下室に監禁し、地球から手を引くよう要求する。馬鹿げた話と一蹴するミシェルだったが、互いに一歩も引かない駆け引きは二転三転。やがてミシェルとテディの因縁が明らかになると共に、荒唐無稽に思えた誘拐劇は、衝撃の結末に向かって突き進んで行く…。
しばらく更新が途絶えていて申し訳ない。ここ一ヵ月、田舎の家の処分の為に何度も田舎と往復、役所や業者との相談・交渉にも追われててんてこ舞い。おかげで映画もほとんど観ていない。
今月末には何とか片がつきそうなので、来月からは正常に戻りそうだ。
そんな中で久しぶりに観た映画が本作。ヨルゴス・ランティモス監督のファンなので、これは観ておかねばと思い、時間をやりくりして映画館に向かった。
原作と言うか元ネタは、2003年に韓国で作られたチャン・ジュナン監督作「地球を守れ!」。日本未公開で、どんな映画かはまったく判らないが、DVDは出ているようだ。
強烈な個性とオリジナリティ溢れる作風のランティモス監督にしては珍しく、これはチャン・ジュナン監督自身による同作のハリウッド・セルフリメイク企画を、チャン監督が降板した為、ランティモス監督がオファーを受けて引き継いだ、まあ雇われ監督みたいな仕事である。
それにも関わらず、この作品はいかにもランティモス監督らしい作品に仕上がっていた。
(以下ネタバレあり)
本作のテーマは、“陰謀論”である。
養蜂業を営むテディは、世界的な医薬品メーカーの経営者、ミシェルが実はアンドロメダ星雲からやって来た宇宙人で、自分の会社で作っている薬品を利用して、人類を支配しようとしている、という陰謀論に憑りつかれている。
このままでは、人類は滅亡してしまう。そこでテディは地球を救う為に、ミシェルを誘拐し、4日後の月食の夜に母船を訪れ、アンドロメダ皇帝と会って人類滅亡計画を止めさせるのだ、と真剣に考えている。
あまりに荒唐無稽で、ミシェルは馬鹿げた話と一蹴するが、テディは真面目に思い詰めている。両者の対話は嚙み合わない。
さらにテディは、宇宙人は髪の毛を使って通信するから、それを防ぐ為と言って、ドンに命じてミシェルの髪の毛を全部剃り落して坊主頭にしてしまう。我々観客ですら、アホらしくてこんな陰謀論にはついて行けないと考えてしまう。
“陰謀論”というのは昔から多く、“アポロ11号の月面着陸は、本当は失敗していた(これを題材にしたのが一昨年の佳作「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」)”とか、“9.11テロは政府の自作自演”、“エリア51には宇宙人が捕えられていた”等が有名。
日本でも1985年の“日航123便の墜落事故は自衛隊のミサイル誤射によるもの”とする陰謀論が囁かれた。
テディが信じ込んでいる宇宙人地球来訪説も、それを唱える陰謀論者から聞かされたものなのかも知れない。
「シビル・ウォー アメリカ最後の日」でも狂的な軍人を快演したジェシー・プレモンス、本作でも頭のネジがどこか緩んだテディ役を見事に演じている。
さてこの物語、どう結末を付けるのかと思っていたら、終盤に至って、あっと驚く展開となる。これにはぶったまげた。
(以下重要ネタバレにつき、未見の方は読まないように)
ミシェルはやがて、テディの言っている事はすべて真実で、私はアンドロメダ星雲から来た宇宙人だと告白を始める。
だがそれでも私は、これはミシェルがテディを油断させ、アンドロメダ皇帝の所へ連れて行ってあげると嘘を言って外に誘い出し、テディを警察に渡す計略なのだと思っていた。
だが、あのランティモス監督がそんなありきたりの結末を用意するはずがないではないか。この辺りから観客は頭が混乱し、まんまとランティモス監督(あるいは原作のチャン監督)の術中に嵌まってしまう事となる。
なんと!、テディの言っていた事はすべて真実で、ミシェルは本当にアンドロメダ星人だった事が判明する。ただ、テディの言ってる、人類を支配しようとしているのではなく、人類が誤った道を歩まないよう、良い方向に人類を導こうと努力を重ねて来たのだと言う。
アンドロメダ星人が地球に来たのは遥か数万年もの太古。そして誤って地球生命を絶滅させてしまった事を悔いて、最初の人類を誕生させ、その後も人類を見守り続けて来たのだと言う。
旧約聖書に書かれた、いくつかのエピソード、ノアの箱舟などのエピソードもフィクションでなく真実だと言うのだから、こっちは唖然とするばかり。
アンドロメダ星人は、言ってみればまるで神のような存在、あるいは手塚治虫の「火の鳥・未来編」に登場する山之辺マサト、あるいは彼及び地球を見守り続ける火の鳥、のような存在と言えるだろう。
そしてラスト、愚かな人類に見切りをつけたかのように、アンドロメダ星人は最後の決断に踏み切る。夥しい数の人間が横たわり死に絶えている、その映像が延々と続く。
そこに、反戦フォーク歌手、ピート・シーガーが作詞作曲した「花はどこへ行った」の歌声が流れる。歌っているのはマレーネ・ディートリッヒ。
残酷なシーンとは場違いな、ほのぼのとした歌だが、各節の最後はすべて“When will they ever learn?”(いつになったら、彼らは学ぶことが出来るのだろう)で締めくくられる通り、いつになっても戦争を止められない為政者たちを批判した名曲である。これを本作のエンディングに持って来たセンスも素晴らしい。
悲劇的な結末に、正反対の明るい歌を流している点では、スタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」との類似性を見る事も出来る。あの作品も強烈なブラック・ユーモア作品だった。
観終わって、やられたと思った。さすがはランティモス監督である。
チャン・ジュナン監督のオリジナルでは、人類の愚かさに絶望したアンドロメダ星人が地球を破壊してしまうという結末のようだが、本作では地球は破壊されず、人間以外の動物たちが生きている事からも、“愚かな人類に地球は任せられない”というテーマが強く打ち出されている。
オリジナルが作られた2003年には、SNSもないし陰謀論もあまり大きな話題にはなっていなかった。
今やアメリカ大統領(トランプ)までもが「2020年の大統領選挙で不正が行われた」、「地球温暖化はデマだ」などと根拠のない陰謀論を拡散し、それにつられたかのようにさまざまな陰謀論がSNSを通し世界に出回っている。あちこちで戦争が起き、子供たちが殺され、誰もそれを止める事が出来ない。地球はどんどん酷い事になっている。
オリジナルが提起した人類への警鐘は、今の時代もっと切実なものになっている。チャン監督たちが「地球を守れ!」の現代的リメイクを企画したのも当然だろう。
そんなリメイク作であるにも関わらず、観終わった印象では、毒の利いたストーリー展開、ブラック・ユーモア、皮肉と警鐘、SF的要素、と、ランティモス監督の傑作「哀れなるものたち」とも共通するテーマを含んだ、時代を照射する見事な秀作になっている。
オリジナル「地球を守れ!」はDVDで観る事も出来るが、本作を楽しむ為には、あの結末は知らない方がいいだろう。よってDVDも観ず、余計な情報も仕入れず白紙の状態で本作を観る事をお奨めする。今の所、私の本年度の暫定ベストワンである。
(採点=★★★★★)
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コメント
単なるイカれた2人組の妄想かと思わせて、壮大なオチにブッ飛びました。スケールの大きなバットエンドながら、どこかユーモアが漂うのも魅力です。
投稿: 自称歴史家 | 2026年2月26日 (木) 18:51
いやあ…。すごい。セリフの応酬による舞台劇的展開かと思いきや。テディがけっきょく正しかったのか。なにがどうなのか。
ミシェルがテディの家で最後に見つけたものが決断させたのなら、それはどれだけ悲惨なものだったのか。怪作快作。やはり怪作。すごい。
見てよかったです。
実は前日「ヒポクラテスの盲点」を見たのですが、人類の愚かさという点では相通じるものがありそうで。いやあまいった。
投稿: 周太 | 2026年2月27日 (金) 21:28
◆自称歴史家さん
オリジナルの韓国映画は、カルト的B級映画と呼ばれているそうですが、それをスケール感あるA級映画に仕立て直したランティモス監督の手腕に唸らされますね。
>バッドエンドなのに、どこかユーモアが漂う…
その通りだと思います。
◆オサムシさん
テディとミシェルのセリフの応酬は確かに見応え(聞き応え?)ありますね。よく聞いていると、どこか宗教論争のようにも聞こえます。もう一度じっくり観たいですね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2026年3月 7日 (土) 17:38
地元の鶴岡まちなかキネマで鑑賞。
オリジナル版があるのは知ってますが
それも鑑賞せず、本作の予告も観ず、
情報を極力入れずなので、衝撃度倍増!
誘拐犯の相方のあの行動から思わず
「エッ?!」と声が出て、ラスト迄
怒涛な展開が何度も続くなんて…。
こういう出会いがあるから劇場鑑賞を
やめられないですよね。また妻写真と
映画館通いしていきたいです。
投稿: ぱたた | 2026年4月 8日 (水) 11:16