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2026年5月20日 (水)

「サンキュー、チャック」

The-life-of-chuck 2024年・アメリカ   111分
製作:Intrepid Pictures=Red Room Pictures
配給:ギャガ、松竹
原題:The Life of Chuck
監督:マイク・フラナガン
原作:スティーヴン・キング
脚本:マイク・フラナガン
撮影:エベン・ボルター
音楽:ザ・ニュートン・ブラザーズ
振付:マンディ・ムーア
製作:トレバー・メイシー、マイク・フラナガン

作家スティーヴン・キングが2020年に発表した短編小説「チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ」を映画化したヒューマンミステリー。監督は「ドクター・スリープ」のマイク・フラナガン。主演は「アベンジャーズ」シリーズのトム・ヒドルストン。共演は「それでも夜は明ける」のキウェテル・イジョフォー、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のカレン・ギラン、「ワンダー 君は太陽」のジェイコブ・トレンブレイ、「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」のマーク・ハミルなど。2024年・第49回トロント国際映画祭で最高賞にあたる観客賞を受賞。

(物語)大規模な自然災害と人災が次々と地球を襲い、ついに世界は終わろうとしていた。インターネットもSNSも繋がらない中、街頭やテレビ、ラジオに突如として、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が大量に現れる。高校教師マーティー(キウェテル・イジョフォー)が元妻フェリシア(カレン・ギラン)に会うため家を飛び出すと、誰もいない街はチャックの広告で埋め尽くされていた。やがて無事に再会した二人は、星空を眺めながら刻々と近づく終末を感じ、固く手を握り合う。すると場面は一転、広告の男・チャックの視点へと移り変わり…。

スティーヴン・キング原作の映画と言えば、「キャリー」、「シャイニング」、「IT/イット ”それ”が見えたら、終わり。」等のホラー作品が有名だが、時たま「スタンド・バイ・ミー」、「ショーシャンクの空に」、「グリーン・マイル」といった感動系の作品もあったりで、なかなか侮れない。本作はポスター・イメージや漏れて来る情報からは後者のような気がするが、はて?

監督は、キング原作による、「シャイニング」の続編「ドクター・スリープ」を監督したマイク・フラナガン。「シャイニング」へのオマージュもふんだんに仕込まれた、なかなか楽しめる作品だった。

(以下ネタバレあり)

映画はいきなり、「ありがとう、チャック」と題する第三章から始まる。以下、第二章、第一章と、時を遡る形で進む。

第三章で描かれるのは、“世界の終わり”である。大規模な自然災害が起こり、地震で水没した街もある。テレビも映らないし、インターネットもSNSも電話も繋がらない。人々は不安に怯える。
本章の主人公は高校教師のマーティーで、彼と別れた妻のフェリシアが、この混乱の中で再び愛を取り戻すプロセスが描かれる。

時代だな、と感じるのは、ネットが繋がらない事が不安を増幅させている点。マーティが学校で保護者面談を行なっている時も、親たちの関心は我が子の進路や成績よりも、寸断されたインターネットがいつ復旧するのかという事ばかり。
さまざまな恐怖を描いて来たキング作品だが、ネット遮断が現代で一番の恐怖だというのがいかにも現代的。この着眼点が秀逸である。

そんな中、マーティの周囲に不思議な事が起こる。建物の上に、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という巨大な看板が掲げられているのを目にするのだ。傍には誠実そうな中年男の映像も。

その広告は以後も至る所で目撃される。放送されていないはずのテレビやラジオの中にも。遂にはマーティの後ろにある家の窓にも現れる。
ここまでで、カンのいい観客は、これは現実ではないと気付くだろう。

マーティはやっと探していたフェリシアと再会する。二人の上に瞬く空の星も、少しづつ消えて行く。そんな星空を眺めながら、マーティたちは刻々と近づく終末を感じ、固く手を握り合う…所で、第三章は終わる。

(以下完全ネタバレに付き、映画を未見の方は、映画を観終わってからお読みください)

 

 

 

ここまででお分かりのように、第三章で描かれた世界の終末は現実ではなく、誰かの脳内で展開する仮想現実である。その誰かとは、広告にある、チャックことチャールズ・クランツであるのは明白。
自然災害やそれに起因するネット遮断は、ひょっとしたら現実にも起こりかねないトラブルである。だがどこにでも現れるチャックの広告や、空の星まで消えて行く現象は、さすがに現実ではないと気付く。広大な銀河系宇宙に存在する無数の恒星が次々光を失うなんて、まず現実にはあり得ないからだ。

おそらくチャックは、自分の寿命が39歳である事を何らかの方法で知ったのだろう。そしてここで描かれる、“世界の終焉”とは、チャックの内面の宇宙の消滅(即ち彼の死)であるという事。

“素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック”という広告メッセージは、文面上はチャールズ・クランツという男への感謝のように見えるが、“ありがとう、チャック”("Thanks,Chuck")にウエイトを置いて読むと、実はチャック自身の、39年の人生に対しての感謝の言葉にもなっている点に着目すべきである。

わずか39年と言う短い、それでも素晴らしかったと思える人生に感謝の言葉を捧げる…なかなか出来ない事だ。そう考えると、ちょっと感動した。


さて第2章になって、ここでやっとトム・ヒドルストン扮する主人公・チャック自身が登場する。

チャックは39歳の、銀行勤めの会計士。出張で訪れたこの町で、彼はテイラー・フランクというストリート・ドラマーの演奏に目を留める。そしてテイラーのドラム演奏に合わせて踊り出す。

「ラ・ラ・ランド」の名振付師、マンディ・ムーアが振り付けた、このチャックのダンスがダイナミックで躍動的で素晴らしい。道を行く大衆も思わず足を止める。

踊るチャックは、やがて群衆の中でひと際目を輝かせて見ている女性、ジャニス・ハリデイ(アナリース・バッソ)に声をかけ、二人は一緒に踊り出す。ドラムのテイラーと併せて、3人が繰り広げるダンス・シーンは本作の白眉。惚れ惚れする。

The-life-of-chuck2

実はジャニスは失恋して、その痛手から立ち直ろうとしている所。チャックと踊る事によって、彼女は失恋の痛手から完全に立ち直り、前に向かって歩き出そうと決意する。
ジャニスもまた、チャックに感謝する人間の1人となる。

その後、この時点でチャックの余命があと9ヶ月という事が知らされる。彼自身はその事を知っているようだ。

チャックはなぜあんなにダンスがうまいのか、なぜチャックは自分の寿命を知っているのか、それを知ってて、なぜ平然と明るく生きているのか…。。そうした謎が、いよいよ第1章で明かされる事となる。


第1章は、チャックの子供時代。彼は幼くして、両親と、生れて来るはずだった妹を一度に失ってしまう。そしてチャックは、祖父のアルビー(マーク・ハミル)と祖母のサラ(ミア・サラ)に引き取られ、一緒に暮らす事となる。
アルビーは何故かチャックに、屋根裏部屋には絶対に入るなと言う。一度はこっそり入ろうとして、アルビーにこっぴどく叱られたりする。

子供時代のチャックは、ダンスに夢中になる。ビデオでジーン・ケリー主演のミュージカル映画「カバーガール」を何度も見たりする。

チャックはダンスを猛練習し、学校でもダンスを披露する。女子生徒とダンスするシーンもある。第2章の、チャックの華麗なダンスの秘密がここで明かされるわけだ。そう言えば、あの時のチャックのダンス、ジーン・ケリーのダイナミックなダンスを髣髴とさせたな、と思い至る。

ある日少年チャックは、学校の先生から詩人ウォルト・ホイットマンの詩「Song of Myself」の一節、"I contain multitudes"(私の中には無数の人が存在する)の意味、“人はみな他者と繋がっており、人生の経験を通して宇宙を形成する”事を教わる。
これが最初の第3章の、“チャックの内面宇宙”の形成と死に繋がるわけである。なお"I contain multitudes"は第1章のタイトルでもある。

カール・セーガンの「宇宙カレンダー」の話が、第3章やこの章でも登場する。宇宙の歴史を1年に圧縮すると、人類の登場なんて12月31日の最後の僅かな時間でしかない、人の一生なんて、瞬きする間もないくらいの一瞬だ、という事らしい。

そう考えれば、100歳まで生きようと、39歳で亡くなろうと、大した差ではない。長かろうと短かろうと、かけがえのない一生を、大切に生きよ、という事なのである。
石原裕次郎の最後の歌「わが人生に悔いなし」の一節、♪長かろうと 短かろうと わが人生に悔いはない♪を思い出した。

こうした、人生哲学のようなエピソードを網羅する事で、第3章、第2章で描かれたチャックの生き様、心の中がようやく理解出来るわけである。うまい構成、演出である。

チャックが青年期に入った頃、祖父アルビーが亡くなる。そしてチャックは、あの屋根裏部屋に入り、その秘密を知る事となる。何故チャックが、自分の命が39歳で尽きる事を知ったのか、その全ての謎が明らかになる。そうして映画は終わる。


観終わって、深い感動に包まれた。なんと素敵な映画なのだろう。

人の人生とは何か、生きるとはどういう事なのか。例え短い、平凡な人生であろうとも、限られた時間をせい一杯生きて、行動して、人々に希望を与えられたなら、それはとても素晴らしい事ではないだろうか。この映画はその事を我々に教えてくれているのだ。

スティーヴン・キングの原作が発表されたのは2020年、つい最近である。キングも執筆当時72歳という年齢になって、人生を考えるようになったのだろう。

「ドクター・スリープ」でキング原作を監督したマイク・フラナガン、本作でも短編の原作をきっちり見事に映画化してくれた。感謝したい。

出演者では、マーク・ハミルがチャックの祖父役を演じているのも興味深い。「スター・ウォーズ」で宇宙を駆け巡った彼も、もう老人役を演じるようになったのか。最初見た時は誰だか分らなかった。

17歳のチャックを演じたのが、「ワンダー 君は太陽」の子役ジェイコブ・トレンブレイ。あれから7年で立派な青年になった。今後の活躍も期待したい。

キング原作の映画で、またも感動作が誕生した。本年を代表する秀作である。お奨め。   (採点=★★★★☆)

 

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コメント

 3.2.1と遡っていく物語の構成が見事で、じわじわと感動していきます。なかでも2章のダンスシーンは圧巻、ラ・ラ・ランドを見返したくなります。親と妹を亡くした主人公を優しく見守る祖父母や、学校のダンス部の先生が印象に残ります。良い映画でした。こちらは、祖父役がマーク・ハミルとは最後まで気付きませんでしたが。

投稿: 自称歴史家 | 2026年5月24日 (日) 17:11

ダンスシーン、本当に素敵でしたね。
私的には、祖母役の女優さんが推しです。

ブログ20周年遅まきながらお祝いさせていただきます。
今後も楽しみにしております。
ちなみに、この数週間で立て続けにジョン・レノン、エルビス・プレスリーのやや割高な(笑)映画を鑑賞しましたが、これがよかったです。
来月はマイケル・ジャクソンが控えていますね。
なんだかすごい今年だと思っております。

投稿: 周太 | 2026年5月27日 (水) 19:29

◆自称歴史家さん
私もマーク・ハミルは最後まで気が付きませんでした。考えれば「スター・ウォーズ」1作目の登場から半世紀が経っているのですね。今後はこうした老人役が増えるのでしょうか。嬉しいような寂しいような。

◆周太さん
ありがとうございます。
祖母役の俳優はミア・サラといって、1986年製作のジョン・ヒューズ監督「フェリスはある朝突然に」で注目された方です。あれからもう40年も経って、いいお婆さんになりましたね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2026年5月27日 (水) 21:44

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