世界名作映画 第146位 「お熱いのがお好き」
ビリー・ワイルダーは、私の敬愛する外国映画監督ベスト3の1人です。残りの2人はアルフレッド・ヒッチコックとチャールズ・チャップリン。
ビリー・ワイルダー作品って、コメディでもラブロマンスでも洒脱で上品で、「情婦」のようなサスペンス・ミステリーでも、ユーモアとウィットがあって、原作を読んでいてもまた違った楽しみ方が出来る良作になってるのですね。それらについてはこの後おいおい語って行きます。
本作の概略は、禁酒法時代のアメリカを舞台に、ギャングの皆殺し現場を目撃してしまった楽器演奏者の二人が、目撃者を消そうと狙うギャングから逃れ逃避行を続ける…というもの。
こう聞けば、てっきりフィルム・ノワール的サスペンスかと思ってしまいますが、実はとっても楽しいコメディです。
ストーリーを追うと、
サックス奏者のジョー(トニー・カーティス)とベース奏者のジェリー(ジャック・レモン)は、ギャングが経営するモグりの酒場で演奏していました。
この酒場のシーンで、マフィアのボスで酒場の持ち主、スパッツ・コロンボを演じているのがジョージ・ラフト。1932年の「暗黒街の顔役」など、ギャング役を得意とするベテランです。本作でも貫禄のある所を見せます。
そこに突然警察が踏み込み、二人は給料も貰えず失職する事となります。困った2人は新しい仕事場を探す為、ガレージに自動車を借りに出かけます。ところがそのガレージにあのスパッツ・コロンボ一味が現れ、酒場のモグり営業を密告した男とその仲間に機関銃を乱射し、みな殺しにしてしまいます。有名な聖ヴァレンタイン・デーの虐殺を髣髴とさせます。
その様子をガレージの隅で目撃してしまった事で、ジョーとジェリーは口封じの為コロンボ一味から命を狙われる事となります。
かくして、二人はコロンボからのがれる為、ジョーがジョセフィン、ジェリーがダフネと名を変え、女装して女性オーケストラ一行に紛れ込み、マイアミ行きの演奏旅行に出発する事となるのです。

機関銃による虐殺シーンは、機関銃を撃つ人物のみを写し、撃たれる側の人間は描いていないので、凄惨な感じはまったくありません。
以後、トニー・カーティスとジャック・レモンは最後までほとんどのシーンで女装しているのですが、これも二人の演技のうまさとワイルダーの粋な演出のおかげで、いやらしさは感じません。さすがです。なお本作はモノクロ撮影ですが、カラーだと女装のドレスがどぎつく見えてしまうので、あえてモノクロにしたのだそうです。
この旅行で、二人はウクレレ歌手のシュガー(マリリン・モンロー)と出会い、列車の中でシュガーが隠し持っていた酒のビンをうっかり落とした時に、ジェリーは機転を効かせてシュガーを助けます。これで二人は仲良くなり、シュガーはジェリーのいる寝台車の上段ベッドに潜り込み、ジェリーに身体をくっつけて来るのでジェリーが焦るシーンが笑えます。
二人で酒を飲もうとしている所に、それを知ったオーケストラ仲間が次々と集まって来て、なんと13人が一つのベッドの上で酒を飲もうとするシーンは、もう捧腹絶倒です。
ジェリーが弾みで列車の緊急ブレーキ・ワイヤーを引いてしまって列車が急停車し、全員がベッドから転げ落ちるシーンも大笑い。この一連の流れはマルクス兄弟のドタバタ劇を思い起こさせますね。とにかく楽しい。

ジョーはシュガーと二人きりになった時に、男運が悪かったという彼女の身の上話を聞き、次第に彼女に惹かれて行きます。今度は成金の男を見つける、というシュガーの言葉が後の伏線になっている辺りも脚本のうまさが光ります。
さて、マイアミに着いた一行ですが、ダフネことジェリーは到着早々、大金持の御曹子オズグッド・フィールディング3世(ジョー・E・ブラウン)に一目惚れされてしまいます。しつこく迫るオズグッドにジェリーは大弱り。でも何ともトボけた味わいのジョー・E・ブラウンの演技は笑えます。
このジョー・E・ブラウンという役者、それまで全く知らなかったのですが、1930年代に、「ブラウンの〇〇〇」というタイトルの多くの映画で主演している人気コメディアンだそうです。
さて、本作一番の見ものは、ステージ上でシュガーが名曲"I Wanna Be Loved by You"を歌うシーン。
彼女がノーブラで背中が開いた薄い衣装で歌うシーンは、健康なお色気に溢れてゾクゾクします。曲の終わりの♪ププッピドゥ♪はたまりませんねぇ(笑)。
その後、ダフネがオズグッド3世に誘われてタンゴを踊るシーンがあったり、その間にジョーはマネージャーのトランクを盗み、彼の服と眼鏡、帽子を着て男に戻り、シュガーに自分はシェル石油の御曹司と名乗って、オズグッドのヨットまで勝手に借りてシュガーとラブラブになるシーンがあったり、それぞれのキャラを生かした笑える場面が続きます。
ジョーのやってる事、泥棒なんですけど。まあコメディですからそれもアリでしょうね。早変わりでジョーと女のジョセフィンを演じ分けるトニー・カーティスの演技も見ものです。
そんな彼らが投宿するホテルで、「イタリア・オペラ同好会」と称して、実はギャングたちの集会が開催される事となり、スパッツ・コロンボもやって来ます。どこでも偶然コロンボと鉢合わせしますね(笑)。
ここで、参加者が武器を持ち込まないよう入口でチェックするシーンがありますが、手下の一人がコインを宙にはじくコイントスをやってると、やって来たコロンボがコインを奪い取り相手を睨みます。
これ、古い映画を観ている人なら笑えます。ジョージ・ラフトは前述の「暗黒街の顔役」でそのコイントスをやって有名になり、コイントスはラフトの代名詞になっているくらいだからです。こんな楽屋落ちで映画ファンを楽しませてくれるのも、ワイルダーらしい所ですね。ラフトの映画を観ていなければ何の事やらですが。
コロンボがやって来た事を知ったジョーたちはホテルから逃げようとしますが、コロンボたちに見つかり、ホテル内をギャングどもと追っかけっこをするシーンも、古いドタバタ・コメディを思わせて楽しい。
最後はジョーとジェリーはオズグッド3世のモーターボートに飛び込んで逃げようとしますが、そこにジョーを追って来たシュガーも乗り込み、ジョーとシュガーはめでたく相愛の仲となります。
一方でジェリーと隣り合わせとなったオズグッドは、ジェリーに結婚しようと迫ります。ジェリーはあれこれ自分の欠点を述べ、結婚出来ないと言うのですが、オズグッドは「構わん」と返事するだけ。
とうとうジェリーはウィッグを外して「俺は男だ」と正体をバラすのですが、それでもオズグッドは平然と"Well,Nobody's Perfect"(完璧な人間などいない)と返すのです。このオチにも大笑い。ちなみにこのセリフはアメリカ映画の名セリフ・ベスト100に選ばれています。
最後まで楽しい傑作コメディでした。
並みの監督が演出すれば、コメディともサスペンスともつかぬ中途半端で下品な作品になった所でしょうが、ビリー・ワイルダーの手にかかると、エレガントでユーモアに満ちた、上質な人間喜劇に仕上がってしまうのです。まさにワイルダー・マジック。
その他にも優れた点がいくつも。まずワイルダーが盟友I・A・L・ダイアモンドと共作した脚本が実に良く練られています。次に出演している俳優がみんな芸達者、トニー・カーティス、ジャック・レモンのコンビの息もピッタリ、マリリン・モンローがキュートでセクシーで可愛い、惚れ惚れします。助演のジョー・E・ブラウン、ジョージ・ラフトもみんなうまい。名カメラマン、チャールズ・ラング・Jr.の陰影を生かした撮影、「バンド・ワゴン」等MGMミュージカルの名作でも知られるアドルフ・ドイッチの音楽、どれもこれも一流です。
本作は第32回 アカデミー賞(1960年)で監督賞、脚色賞、男優賞(ジャック・レモン)、撮影賞(白黒)、美術賞(白黒)など6部門でノミネートされ、白黒衣装デザイン賞をオーリー・ケリーが受賞しました。また第17回ゴールデングローブ賞では作品賞(コメディ)、ジャック・レモンが最優秀主演男優賞(コメディ/ミュージカル)、マリリン・モンローが最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル)を受賞しています。
コメディで、ここまで多数の多数の賞を受賞するのも凄い事です。それだけワイルダーの演出が優れていたという事でしょうね。翌年には「アパートの鍵貸します」で見事アカデミー作品賞、監督賞、脚本賞等を受賞しました。この頃のワイルダー監督はノッています。
あ、もう一つ、2000年にAFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)が発表した「アメリカ喜劇映画ベスト100」で、本作は見事1位!に選ばれています。映画史上最高のコメディという事ですね。これも凄い。
本来ならこのベスト150で、もっと上位に置いてもいいのですが、残念ながら私はこれ、映画館で観ていないのです。最初は高校生の頃テレビで鑑賞。その当時はあんまり面白いと思わなかったのですが、大人になって他のワイルダー作品を観て面白さに惹かれ、改めて本作をビデオレンタルして観て、やっと面白さが判ったというわけです。それからは何度も録画したものを観て、観る度に面白さを再認識しました。
この後も当ベスト150には、ワイルダー作品が何本か登場します。でもあまり沢山入れると他の作品が漏れてしまうので泣く泣く外した作品も。ともかくご期待ください。
(キネマ旬報1959年度ベストテン29位)
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