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2026年6月14日 (日)

世界名作映画 第147位 「有りがたうさん」

Arigatousan 1936年・日本   76分
製作会社 :松竹キネマ(大船撮影所)
配給:松竹
監督:清水宏 
原作: 川端康成 
脚本:清水宏 
撮影:青木勇 

世界名作映画第4弾は、日本の名匠、清水宏監督の「有りがたうさん」(当時の仮名使い。「ありがとうさん」と読む)です。原作は 川端康成の短編「有難う」。

名匠と言えば小津安二郎、溝口健二、成瀬己喜男などは、オールタイムベスト100とかキネマ旬報ベストテンの常連で、映画ファンなら誰でも知っていますが、清水宏については知らない人が多いかも知れません。

かく言う私も、若い頃にはまったく意識していませんでした。「なんか子供向けの映画で名前見た事あるなあ」程度の知識でした。

ようやく、1990年代くらいでしたか、再評価の機運が高まって、笠智衆が著作の中で「清水オヤジをきちんと評価する人がいないのが残念」と書いたり、松竹が清水作品をビデオ化したり、名画座で清水宏監督特集なんかが組まれるようになりました。私は多分その時に本作を観ています。


観て感動しました。面白い!戦前の作品なので画質は良くないし、時々セリフが聴き取れなかったりといったプリントでしたが、それでも感動しました。

(以下ネタバレあり)

Arigatousan5 お話は、上原謙演じる、伊豆の街道を走る路線バスの運転手が主人公で、彼の運転するバスに乗り合わせた乗客たちのエピソードを淡々と描きながら、隣町の三島までの旅を描くロードムービーです。
全編現地ロケ、当時の伊豆、天城地方の風景がカメラに収められていて、これも見逃せない。道路は舗装されておらず、バスが走ると砂ボコリが舞い上がります。

タイトルの由来は、上原謙がバスの運転中、すれ違う人(時には動物)みんなに「ありがとう」と感謝の言葉をかけるところから、みんなは彼を“有りがたうさん”と呼ようになったという所から来ています。

バスの乗客の中には、母親(二葉かほる)に付き添われて東京に出て行く少女(築地まゆみ)や、ちょっと粋な女(戦前の名女優・桑野通子)や行商人など、田舎の純朴な人たちもいれば、いばった髭の紳士(石山隆嗣)など、さまざまな人たちがいます。

Arigatousan2

戦前という事もあって、運転手も乗客もおおらかなものです。お互い世間話をしたり、身の上話を語ったり、お菓子を乗客に配ったり。今では考えられませんね。

有りがとうさんはとても優しい性格で、子供がバスの後ろにぶら下がってタダ乗りしても文句一つ言いません。乗客に買い物を頼まれたりもします。
また途中で顔見知りの芸者さんを見つけると、停留所でもないのにバスを止めて旅館の客の情報を教えてあげたりします。

桑野通子演じる女(クレジットでは“黒襟の女”とある)が、何かと乗客に話しかけたり、有りがとうさんにタバコの火を貸したり、なんとお酒まで振る舞ったりします。さすがに有りがとうさんは「運転中はちょっと」と断りますが(笑)。

中でも重要なエピソードが、朝鮮の人たちとの交流です。朝鮮人労働者たちが道路工事をしている場所に差しかかると、白い服を着た朝鮮人の女性が有りがとうさんに、自分たちは工事が終わると次の現場に行かなければならないので、工事中に亡くなった父親の墓に花と水を供えてくれと頼み、有りがとうさんは快く引き受けます。

戦前はまだ朝鮮人への偏見、差別が酷かった時代です。そんな時代に、朝鮮人たちと仲良くしたり、頼み事を受けたりする主人公の行動には心打たれます。これは原作にはないエピソードでしょう。こんなエピソードを大手の松竹作品の中で堂々と描く清水宏監督、大したものです。


Arigatousan3

やがて世間話の中で、東京に出て行く少女が実は生活苦の為、身売りされて行く事が分かります。1人の老人は下車する時少女に「東京は狐や狸ばっかりだよ、騙されんようにな」と助言します。

三島が近づくと、黒襟の女は有りがとうさんに「東京にゃあ狐や狸ばっかりなんだよ。峠を越えた女は、めったに帰って来ないんだよ」と語りかけます。暗に、彼女を助けてあげたら?と言っているのです。

実は有りがとうさんは、独立する為に中古のシボレーを買う資金を貯めていたのです。黒襟の女の話を聞いた有りがとうさんは、そっとバックミラーの後ろから何かを取り出します。
そこで画面はフェードアウトし、翌日、三島から戻って来る有りがとうさんのバスには、あの東京に売られたはずの少女が母親と一緒に乗っています。少女の表情はとても明るく微笑んでいます。

何の説明もありませんが、この表情だけで、有りがとうさんがシボレーを買うはずのお金で少女の身売り代金を支払ってあげた事が分かります。

そして今日も有りがとうさんは道行く人々に「ありがとう」と声を掛け続けるのです。


いいお話でした。観終わって、とても心に沁みました。泣けました。

「あんなに見ず知らずの他人にそこまで尽くしてあげる人なんていないだろう」と思う人がいるかも知れませんが、清水監督は、“それでも、そんな人がいて欲しい”という願望を作品に込めたのでしょう。これは、「スミス都へ行く」等のフランク・キャプラ監督作品に流れる“理想主義”に通じるものがあります。

テーマ的にも、昭和初期の不況時代を背景に、貧困、格差、朝鮮人差別などの社会派的問題にも斬り込んで、それでいて全体的にはほのぼのと心温まる爽やかなヒューマン・ドラマに仕上がっているのが素晴らしい。

また、1台のバスに乗り合わせた乗客たちの運命や人生模様を描いている点では、ジョン・フォード監督の傑作西部劇「駅馬車」を彷彿とさせるものがあります。そう考えれば桑野通子の役柄は、「駅馬車」のクレア・トレバーに似ていますね(笑)。
でも「駅馬車」が製作・公開されたのは1939年と本作の3年後で、本作の方が先です。それも凄い事です。

その後、「按摩と女」(1938)、「簪(かんざし)」(1941)等の清水宏監督作を観ましたが、どれも素敵な秀作でした。小林信彦さんも「20世紀の邦画ベスト100」(「2001年映画の旅」所収)に、「有りがたうさん」を含めこの3本を入れています。なのに、この3本、いずれも当時のキネマ旬報ベストテンに、1本も入選していないのですね。笠智衆が「不当に扱われている」と憤るのも納得です。

最近でも大阪・九条のミニシアター、シネ・ヌーヴォで「没後60年・清水宏」と題して、清水宏監督作品33本が連続上映されました。そのパンフレットには、“小津安二郎が、溝口健二が、山中貞雄が「天才」と呼んだ男、清水宏。「僕や小津は努力の人だが、清水宏は天才である」と溝口健二をして言わしめた映画監督”とあります。

是非機会があれば、この3本の清水監督作、ご覧になってください。お奨めです。

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(参考)Youtubeでも、画質は良くないですが観る事が出来ます。↓
     https://www.youtube.com/watch?v=3fK3kVs4eJs

 

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