« B級娯楽映画 第149位 「宇宙水爆戦」 | トップページ | 世界名作映画 第147位 「有りがたうさん」 »

2026年6月12日 (金)

「箱の中の羊」

Sheepinthebox 2026年・日本   125分
製作:フジTV=ギャガ=東宝=AOI Pro.
配給:東宝、ギャガ
監督:是枝裕和
原案:是枝裕和
脚本:是枝裕和
撮影:近藤龍人
音楽:坂東祐大
製作:若松央樹、 依田巽、 市川南、 田中優策

少し先の未来を舞台に、亡くなった息子と瓜二つのヒューマノイドを迎え入れた夫婦に起きた出来事を描くヒューマンドラマ。監督は「万引き家族」、「怪物」の是枝裕和。主演は「人はなぜラブレターを書くのか」の綾瀬はるか、「ひとよ」の大悟(千鳥)。共演は200名以上のオーディションから抜てきされた桒木里夢、「安楽死特区」の余貴美子、「キングダム」シリーズの清野菜名、「国宝」の田中泯など。第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

(物語)少し先の未来。建築家の甲本音々(綾瀬はるか)と工務店の二代目社長を務める健介(大悟)の夫婦が息子の翔(桒木里夢)を亡くして2年。二人は、翔の姿をしたヒューマノイドを迎え入れる事にする。翔の顔そのままのヒューマノイドを音々は喜んで迎え入れるが、健介は戸惑いを隠しきれない。家族の時間は少しずつ動き出すが、やがて予期せぬ事態が起こり、夫婦がそれぞれに抱く息子の死への想いが露わになって行く…。

「怪物」以来3年ぶりとなる是枝監督の新作は、なんとSFである。そんなに遠くない未来ではあるが。

少年型ロボットがある夫婦の家庭に入って暮らし始める、というストーリーで思い出すのが、スティーヴン・スピルバーグ監督の「A.I.」(2001)である。

母親を愛するプログラムをインプットされたロボット、デイビッド(ハーレイ・ジョエル・オスメント)が、ひたすら愛を求める物語。

公開当時は、「A.I.」なんて用語は耳慣れないものだったが、4半世紀過ぎて今ではすっかり定着、どころか人間はAIに何でも頼りっきり。えらい時代になったものだ。


さて本作は、最愛の子供を失った夫婦が、亡き我が子とそっくりなヒューマノイドを迎え入れた事によって巻き起こる、微妙な心の揺れを描く。

これまでも「そして父になる」、「万引き家族」など、“家族とは、血の繋がりがなくても成り立つものなのだ”というテーマの作品を作り続けて来た是枝監督、本作もまさしくそのテーマを深化させた作品になっている。

ついでに言えば、同監督の2004年度キネマ旬報ベストワン「誰も知らない」は、子供たちが血の繋がっている母親に捨てられる話だった。

(以下ネタバレあり)

主人公である建築家の音々(おとね)を演じる綾瀬はるかは、安定の演技。その夫で工務店社長の健介を演じるのはお笑い芸人の大悟。お笑い番組はまったく観ないのでこの方も全く知らないが、飄々とした関西弁が自然で悪くはない。ただ坊主頭にラフな恰好は、社長には見えないが(笑)。

少し先の未来が舞台で、ドローンによる荷物配達も普通に行われている時代、人間とそっくりなヒューマノイドが誕生してもおかしくないだろう。

2年前に不幸な出来事で我が子、翔(かける)を亡くした音々は、今も心の傷が癒えないようだ。そして翔とそっくりなヒューマノイドを提供してもらえると聞いて、迎え入れる事を決める。

ヒューマノイドが到着すると、音々は「おかえり、翔」と声をかけ、喜びを隠さない。だが健介の方はまだ心の準備が出来ていないのか、「いらっしゃい」と言い、「ワシの事はおじさんでええよ」と距離を置いている。

音々は寝る時もヒューマノイドの翔をベッドに入れて本を読み聞かせる。健介はここでも蚊帳の外だ。音々にとっては幸福な日々が続くかのように見えた。

Sheepinthebox2

だがある日、突然訪れた音々の母(余貴美子)から「ロボットなんて気持ち悪い。いつまでも過去にしがみ付いていないで、次の子供を作ったら」と言われた事で、音々の心に揺らぎが生じる。

言われてみれば、確かに母の言う事が正しい。そっくりではあるけれど、ヒューマノイドの翔は本物の翔ではない。作られた偽物なのだ。

そんな事もあって、音々とヒューマノイド翔との間の距離感は僅かづつだが広がって行く。つまらない事で翔に当たったりする。ヒューマノイド翔は「もう契約は終了ですか?」と言う。所詮ヒューマノイドは、メーカーが製造し派遣した“機械”なのだ。

ところが健介の方は、最初の頃とは逆に、ヒューマノイド翔との距離が縮まって行く。

翔を水族館につれて行ったり、二人で街をぶらついたり。そして息子の翔の死についても語り出す。妻に迎えに行ってくれと頼まれていたのに、パチンコで勝っていたので止められず、迎えが遅れ、それで翔は先に帰ってしまい、事件に巻き込まれて亡くなった。最初の方で流れた、児童誘拐事件が多発しているとのニュースが伏線になっている。

健介はなぜそんな過去をヒューマノイド翔に打ち明けたのか。それは亡き息子に謝りたかったからだろう。自分のせいだと後悔しただろうが、起きてしまった事は元に戻らない。

ヒューマノイド翔に謝った事で、ようやく健介は自責の念から解放された事だろう。このシーンの健介役・大悟の演技が、朴訥だけど心が篭っていてちょっとジンと来た。

この後、健介が児童誘拐犯と疑われて警察に捕まるシーンは笑えた。確かに子供と二人連れの健介、どう見ても怪しいオッサンである。大悟を起用したのはその狙いもあったのか(笑)。

最初は近かった音々とヒューマノイド翔との距離が、やがて離れて行ったのとは対照的に、最初は距離を置いていた健介とヒューマノイド翔との間がやがて近づいて行くとは、何とも皮肉である。

大切な家族を失った時の、夫婦それぞれの思い、心の変化を巧妙に掬い上げた脚本と、是枝監督の丁寧な演出はなかなか見応えがある。


さてこの映画、最後はどう決着をつけるのかと思っていたら、物語は予想外の方向に進む。

ヒューマノイド翔は、ふとしたきっかけから、別のヒューマノイド仲間と知り合う。そして彼らが人間社会からは訣別し、自分たちだけのコミュニティを作ろうとしている事を知ると、ヒューマノイド翔もまたその仲間に入ろうと考え始める。

この展開は、あちこちで不評のようである。唐突で前半とは別の物語になっていると不満を漏らす人も多いようだ。カンヌ国際映画祭でも酷評だったと聞く。

私も最初は同じ考えだった。だが、これまでの是枝監督作を思い返してみると、この“子供たちが親に頼らずに自立して生きる”というテーマは、実は何度も登場していた事に気づく。

2004年の「誰も知らない」では、親に捨てられた子供たちが、誰にも頼らずに生きて行こうとする。
前作「怪物」でも、大人を信用出来なくなった二人の少年が、自分たちだけの世界を作ろうとする。

ヒューマノイド翔も、甲本夫妻との暮らしの中で学習を重ね、自我に目覚めて行く。そしてヒューマノイド仲間たちと一緒に、人間世界と訣別し、新しい世界=樹々に囲まれた森の中=で生きて行く事を目指すのだ。

そこでキーワードとなるのが“木”である。音々は建築家、健介は工務店経営と、どちらも“木”に関わる仕事をしている。また前半で、工務店の老職人(田中泯)が、「木は死んでも生きている」と翔に語りかけるシーンがあったが、“魂はないのに生きている”ヒューマノイドも、そんな“木”と似たようなものと言えるだろう。

Sheepinthebox3 ラストで、ヒューマノイド翔が苔むした、おそらく数千年も生きて来たであろう大木にそっと身体を重ねるシーンがある。印象的なラストシーンだ。


AIはどんどん進化し、今やAI(chatGPTなど)に頼りっきりになっている人も多い。遠くない未来、本作に登場するようなヒューマノイドと一緒に暮らす人が増えて来てもおかしくはない。

だがそれでいいのだろうか。そんな未来が果たして幸せだろうか。やはり人間は、人間同士で心が触れ合い、一緒に生きて行くのが自然である。

本作のテーマは、むしろそこにあるのではないかと私は思う。AIや機械に頼る未来は、決して望ましい未来ではない。AIが人間に対し反乱を起こす映画はこれまでも「2001年 宇宙の旅」、「ブレードランナー」、「ターミネーター」など数多く作られて来た。そんなハードなSFと違って、ソフトな語り口と映像で同じテーマを扱ったのが本作と言えるのではないか。

まあ若干、言葉足らずや無理な設定(ヒューマノイドの電源はあんな森の中でどうやって調達するのか、とか、いずれは開発、販売業者と警察の手が入るのではないかとか)がある故に高い評価はあげられないが、是枝監督の意気込みは大いに買いたいと思う。 
(採点=★★★★)

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ


(付記)
上に挙げた「ブレードランナー」に登場するレプリカントは、正確には“遺伝子工学の新技術によって生産された人造人間”、なので、ヒューマノイドとは異なるが、タイレル社が開発した“ロボットに代わる人造人間”という事なので、似たようなものだろう。

しかしフィリップ・K・ディックの原作では、レプリカントではなく“アンドロイド”と呼ばれているので、よりヒューマノイドに近いと思われる。作品テーマとしても“アンドロイドに心は宿るのか”、“人間と人工知能(アンドロイド)とは何が違うのか”等が謳われており、本作との共通点も多い。

そのディックによる原作のタイトルは「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」。なんとこちらも本作と同じくタイトルに“羊”が登場する。

是枝監督、もしかしたらディックの原作題名から連想して、本作のタイトルを考えたのかも知れない。

 

|

« B級娯楽映画 第149位 「宇宙水爆戦」 | トップページ | 世界名作映画 第147位 「有りがたうさん」 »

コメント

 話が上手くつながっていない気がして、フラストレーションがたまります。こちらの期期待が大きすぎたのか。ヒューマノイドたちの動きがストーリーの中で浮いている気もします。野心作ではありますが、評価が難しいです。今秋公開の「ルックバック」を楽しみに待ちます。

投稿: 自称歴史家 | 2026年6月22日 (月) 08:49

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« B級娯楽映画 第149位 「宇宙水爆戦」 | トップページ | 世界名作映画 第147位 「有りがたうさん」 »