B級娯楽映画 第148位 「笛吹童子」(3部作)
この映画、私にとってはとても思い入れがあり、今も記憶に残る作品です。
小さい頃から、親に連れられて、映画はよく観ていました。また一方、ラジオもよく聴いていましたが、1953年頃、ラジオから流れて来るあるメロディに耳が釘付けになりました。
それがNHKの連続ドラマ「笛吹童子」のテーマ曲。♪ヒャラリ ヒャラリコ ヒャリコ ヒャラレロ だれが吹くのか ふしぎな笛だ♪ 福田蘭童作曲のこのテーマ曲、多分日本中の子供が熱狂したはずです。
物語も正邪入り乱れる波乱万丈の冒険活劇で大人気となりました。私はまだ小さかったので、ストーリーはよく分からなかったけれど、楽しそうなお話である事は感じていました。
そして1954年4月、これが東映で映画化されると、私は親から貰った小遣いで、1人で映画館に通いました。当時の料金は子供40円でした(安い)。これが、私が1人で観た、最初の映画でした。これはまた、中村錦之助の東映入社第1回作品でした。
しかし、上のポスターをご覧になったら分かるように、まだ新人で知名度も低かった中村錦之助は、ポスターのどこにも顔写真がなく、ポスターの序列も最後尾でした。映画クレジットの配役でもトップは大友柳太朗と月形龍之介、錦之助は5番手でした(右)。錦之助演じる笛吹童子がタイトルになっているのにね。
しかもこの三部作、上映時間は第一部 46分、第二部 43分、第三部 56分といずれも1時間に満たず、片岡千恵蔵や市川右太衛門主演のメイン作の添え物扱いでした。
ところが映画が公開されるや、添え物の方のこの作品が大人気となり、中でも中村錦之助はその甘いマスクと凛々しい演技で、一躍子供たちのアイドルとなりました。そのおかげか、第二部のポスターでは目出度く錦之助がメインに置かれる事となりました(右)。
物語は単純明快、昔からよくある“敵の軍勢に滅ぼされた一族の末裔がお家再興の為に奮闘し、最後に勝利する”というものです。黒澤明監督「隠し砦の三悪人」、大映特撮映画「大魔神」(1作目。安田公義監督)もこのパターンの秀作ですね。
“劣勢に立たされた主人公たちが悪戦苦闘しながらも盛り返し、最後に大逆転勝利を収める”というお話はエンタメの王道ですものね。
時代は応仁の乱の後、丹波国満月城は、されこうべ党の首領・赤柿玄蕃(月形龍之介)の軍勢に攻め落とされ、城は乗っ取られ城主は自害します。
このシーン、エキストラを集めたかなりの軍勢が登場します。よく見ると道の遥か向こうまで隊列が。戦闘シーンもなかなかの迫力です。人件費が安い時代とは言え、B級プログラム・ピクチャーでもこれだけの物量シーンが作れる東映の意欲ぶりが覗えます。
一方、明国に留学していた城主の息子、萩丸(東千代之介)・菊丸(中村錦之助)兄弟はその知らせを聞き、父の仇を倒し満月城再興を誓う…というのが発端ですが、実は萩丸・菊丸兄弟の出番はあまり多くないのですね。

物語は途中から、城主の元家老・ 上月右門(清川荘司)の娘・桔梗(田代百合子)と、玄蕃の部下でありながら右門を助けた 斑鳩隼人(楠本健二)の逃走劇が主体となり、隼人と桔梗が処刑されそうになった時、突然現れた妖術使いの霧の小次郎(大友柳太朗)によって二人が助け出される所で第一部が終わります。ちなみに小次郎が操る竜の姿、どう見ても只の影絵で、そのショボさに呆れます(笑)。でもカッカッカッと笑いながら登場する大友柳太朗、なかなかカッコいい。
第二部では、小次郎が生き別れになった妹・ 胡蝶尼(高千穂ひづる)を探す話がメインとなって、菊丸はチョコッとしか登場しません。中盤では黒髪山に住む女妖術師提婆(千石規子)も登場し、その養女が小次郎の探す妹・ 胡蝶尼だった事も分かります。長い髪をクルクル回して術を使う高千穂ひづるがとても可愛い。彼女の周りには一つ目小僧とか唐傘お化けとか、「ゲゲゲの鬼太郎」に登場するようなお化けがいて、お家再興ドラマなんだか妖怪ファンタジーなんだか、訳が分からなくなります(笑)。でも私を含めて当時の子供たちは喜んで観てたのでしょうね。
ようやく 胡蝶尼を見つけた小次郎ですが、 胡蝶尼にスゲなくされるとカッとなって彼女を谷底に突き落としてしまいます。その直後、小次郎が「俺はなんて事をしたんだ。小次郎のバカバカッ」と自分を責めるシーンが笑えます。
まあこんな具合に、多彩な登場人物のサブストーリーや、妖術、幻術使いが登場するファンタジー色強い物語が絡み合って、退屈はさせません。
菊丸は戦いは好まない性格で、ひたすら髑髏の面に勝つ白鳥の面を完成させる事に集中します。萩丸は第一部で赤柿玄蕃に図られ顔に髑髏の面をかぶせられ、第三部序盤まで素顔が見えないままです。つまり二人とも、ほとんどあまり活躍しないのですね。
それでも第三部の終盤に向けて、玄蕃に恨みを抱く仲間たちが結集して白鳥党を結成し、軍勢を集め、ラストで玄蕃たちのいる満月城へ攻め込むシーンがクライマックスとなります。
ここでも凄い数の軍勢が城に押し寄せます。このシーンもスケール感と迫力があります。でも多分、第一部冒頭の戦闘シーンの使いまわしか、冒頭と同時に撮影したのかも知れませんね(笑)。

この戦いで遂に敵は敗北し、 赤柿玄蕃も倒され、菊丸たち白鳥党が勝利してエイエイオウと勝鬨を揚げるシーンで映画は終わります。
とにかく楽しめました。今から見れば、強引なストーリー展開にチャチな特殊撮影、大人から見れば子供だましの作品で、“お子様時代劇”とも揶揄されましたが、それでも私を含め子供たちは大喜び、連日映画館に通い詰めて映画は大ヒット、これに気を良くした東映は、以後も中村錦之助、東千代之介、大友柳太朗、それに御大、片岡千恵蔵、市川右太衛門を中心とした中編、長編含めた時代劇を量産し、“時代劇は東映”のキャッチフレーズで日本映画界をリードして行くのです。
おそらく、団塊の世代を中心とした方たちはほとんど、子供時代にこうしたチャンバラ映画を観ていたはずです。川本三郎さんも著書「日本映画 隠れた名作」の中で「小さいころは日本映画は(笛吹童子などの)チャンバラしか見ていなかった」と述懐しています。
この頃の日本映画界は、今では考えられないでしょうが、1週間交代で番組が変わり、特に東映では長編作品に「笛吹童子」のような中編を併映する2本立て上映方式を定着させ、これは他社にも広がって行って、2本立ては長きにわたって日本映画界の主流となりました。そうして昭和30年代中盤まで、日本映画の黄金時代が続く事と事となるのです。その中でも東映の勢いの凄さは空前のものでした。それについては、次回に詳述する事といたします。
(「笛吹童子」三部作 参考資料)
サブタイトル 公開日
第一部 どくろの旗 1954年4月27日
第二部 妖術の闘争 1954年5月3日
第三部 満月城の凱歌 1954年5月10日
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