「ヌーヴェルヴァーグ」
2025年・フランス 106分
製作:ARP=Detour Filmproduction
配給:AMGエンタテインメント
原題:Nouvelle Vague
監督:リチャード・リンクレイター
脚本:ホリー・ジェント・パルモ、ビンス・パルモ
脚色:ミシェル・アルベルシュタット、レティシア・マッソン
撮影:デビッド・シャンピーユ
製作総指揮:エマニュエル・モンタマ、ジョン・スロス
プロデューサー:ミシェル・ペタン、ローラン・ペタン
フランスの革新的な映画運動、ヌーヴェルヴァーグの記念碑的作品となった「勝手にしやがれ」製作の舞台裏を描いた青春ドラマ。監督は「6歳のボクが、大人になるまで。」のリチャード・リンクレイター。出演者は「エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に」のゾーイ・ドゥイッチ以外はオーディションで選ばれた、ほぼ無名の新人で固めた。第51回(2025)セザール賞で監督賞、撮影賞、編集賞、衣装デザイン賞を受賞。第83回ゴールデングローブ賞で作品賞(ミュージカル・コメディ部門)ノミネート。
(物語)1959年の夏、フランスの映画批評誌カイエ・デュ・シネマ誌で執筆活動をしていた28歳のジャン=リュック・ゴダール(ギヨーム・マルベック)は、ジャン=ポール・ベルモンド(オーブリー・デュラン)とアメリカの若手女優ジーン・セバーグ(ゾーイ・ドゥイッチ)を主演に迎え、念願の初長編「勝手にしやがれ」に着手する。ところが型にはまった演技を嫌い、事前のリハーサルも脚本もなく、ゲリラ撮影や即興演出を好むゴダールの型破りなやり方に、プロデューサーやスタッフ、セバーグらは振り回されるが、映画作りへの情熱を共有した撮影現場は活気に満ち溢れて行く…。
「勝手にしやがれ」はずっと昔、映画館で観ている。最初に観た時は驚いた。訳が分からなくて面食らったが、何度も観ているうちに今では好きな作品になった。いずれ別カテの「世界の名画150」で取り上げる予定。
リチャード・リンクレイターはアメリカの監督だが、この映画制作の為にフランスに渡り、語られる言語も全編フランス語だ。それほど、「勝手にしやがれ」に思い入れがあるのかも知れない。
(以下ネタバレあり)
本作はモノクロ・スタンダードサイズと、「勝手にしやがれ」と同じフォーマット。映像の質感もなんとなくフィルム作品のような懐かしさを感じる。パリの街並みは当時と変わっているので、VFXを駆使して当時の風景を細部まで再現したそうだ。
ゴダールは1950年代末期、フランスの映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」に映画評を寄稿していた。歯に衣着せぬ文章で作品をこき下ろしていたらしい。
同誌の執筆陣にはゴダールの他に、エリック・ロメール、ジャック・リヴェット、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロルなど、錚々たるメンバーがいた。いずれも後に映画監督となっている。
やがてフランソワ・トリュフォーは「大人は判ってくれない」で長編映画監督デビュー、同作はカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞、一躍脚光を浴びる。続いてクロード・シャブロルも長編第2作「いとこ同志」を監督、こちらもベルリン国債映画祭で金熊賞を受賞と、「カイエ・デュ・シネマ」執筆陣から次々と新進気鋭の監督が登場した。
既に数年前から「ヌーヴェルヴァーグ」(新しい波)という言葉はあったが、この2本でフランス・ヌーヴェルヴァーグは世界に大きく知れ渡るようになる。
これらに刺激されたのがゴダールである。本作の中でゴダールが「大人は判ってくれない」を劇場で観るシーンがあるが、サングラスに同作のラストシーンが映っている映像が面白い。きっとゴダールは「先を越された」と思った事だろう。
そしてゴダールは自分も映画を作る事を決意する。ただ「カイエ・デュ・シネマ」で辛辣な批評を書いていた手前、ヘタな映画を作れば「それ見た事か」と叩かれるのは必然だ。映画作りには相当なプレッシャーがあった事だろう。
そこでゴダールが考えたのが、“誰も創った事のない斬新な映画作り”である。僚友トリュフォーが原案を提供し、シャブロルもテクニカルアドバイザーとして参加した。

その映画作りは何とも斬新、脚本はあるもののほとんどたたき台、撮影当日にセリフを考えついたり、即興演出で思いつくままに撮ったり、手持ちカメラで街中でのゲリラ撮影を敢行したりと、既存の映画の概念をぶっ壊すものだった。気分が乗らないと撮影を中断してゲームセンターでピンボール・ゲームをやり始めたり(笑)、まさに自由奔放。
あげくにプロデューサーがキレてゴダールに「早く映画を撮れ」と催促すると、それにも反抗したり。ある意味勝手気ままな映画作りである。
これで映画は完成するのだろうかと我々観客でさえ危ぶむ所だが、出演者たちやスタッフは、ゴダールの情熱溢れる映画作りに次第に共感して行き、何か新しい物が生まれそうな予感を感じて現場は熱気に満ち溢れて行く。
“映画作りって、こんなにも楽しいものなのだ”というワクワクするような思いが画面から伝わって来る。
ゴダールもトリュフォーもシャブロルもみんな20歳代、互いに協力し刺激し合い、夢の実現に向かって突き進む彼らの姿は、まるで青春ドラマを観ているかのようだ。これには感動した
そして映画は完成し、世界中で絶賛され、本作は「ヌーヴェルヴァーグ」の一つの頂点として映画史に輝く作品となったのである。
リンクレイター監督自身、インディペンデント映画出身であり、「6才のボクが、大人になるまで」では主人公の少年を、本当に6歳から18歳まで12年間にわたって撮り続けると言う、型破りな映画を作っているし、2006年の「スキャナー・ダークリー」では俳優を使った実写映像を、ロトスコープという技法でアニメーション化するという実験的な事をやっている。
そういった、誰も考えつかないような映画を作り続けて来たリンクレイター監督だからこそ、ゴダールの映画作りに自分と似たものを感じ(影響を受けたかも知れない)、これを映画化したいと考えたのだろう。
俳優たちがみんないい。ゴダールを演じたギヨーム・マルベックはずっとサングラスをかけている事もあって、そこにゴダールがいるかのようだったし、ジーン・セバーグを演じたゾーイ・ドゥイッチもセバーグそっくり。ジャン=ポール・ベルモンド役のオーブリー・デュラン(右)はベルモンドには似ていないが、演技はベルモンドを思わせるものがあり好演。トリュフォー役のアドリアン・ルイヤールはトリュフォーによく似ていた。
「勝手にしやがれ」を好きな映画ファンには絶対お奨めの秀作である。 (採点=★★★★☆)
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