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2026年7月 1日 (水)

世界名作映画 第145位 「ダイヤルMを廻せ!」

アルフレッド・ヒッチコック監督作の登場です。

Dial-m-for-murder 1954年・アメリカ   106分
製作:ワーナー・ブラザース映画
配給:ワーナー・ブラザース日本支社
原題:Dial M for Murder
監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作戯曲・脚色:フレデリック・ノット
撮影:ロバート・バークス
音楽: ディミトリ・ティオムキン

 

アルフレッド・ヒッチコックも私が大好きな監督。ほとんどの作品のビデオ持っていますし、このベスト150の中でも、登場作品数は外国映画監督では最多じゃないでしょうか(日本映画では黒澤明)。

本作は、ブロードウェイでヒットした同名の舞台劇(戯曲)の映画化権をワーナー・ブラザースが取得し、ちょうどその頃、ワーナーで1本映画を撮らなければならなかったヒッチコックがそれを聞いて、自分で監督する事にしたという経緯があります。自分から企画した作品ではない所がこの時代のヒッチコック作品にしては異色です。それでもやはりヒッチらしい作品になっておりました。

本作は、完全犯罪ものです。金持ちの妻と結婚した男が、妻が別の男と不倫している事を知り、離婚されれば一文無しになるので、その前に妻を殺そうと考えます。
他人に殺しを依頼し、自分には鉄壁のアリバイを作っておくのですが、手違いで妻が殺しの請負人を死なせてしまった事で計画に綻びが生じる、という、完全犯罪ものにしては珍しいパターンですね。

Dial-m-for-murder6殺されかける妻マーゴを、ヒッチコック作品初登場のグレース・ケリーが演じています。その夫で妻殺しを計画する知能犯、トニー役をレイ・ミランド、妻の不倫相手の推理作家マークをロバート・カミングス、トニーが殺しを依頼する犯人、スワン役をアンソニー・ドーソン、ロンドン警視庁の腕利きハバード警部をジョン・ウィリアムズがそれぞれ演じ、登場人物はほぼこの5人だけです。

また本作は、当時大流行していた3D(立体)映画として作られています。さすが新しいもの好きのヒッチコックらしい所です。映像は3Dを意識して、手前に電気スタンドを置いたり、上からの俯瞰映像や、低い位置からのローアングル撮影が多用されています。特にマーゴが殺されかけ、必死でこちらに手を伸ばすシーンなどは、立体映像だったら迫力あったでしょうね。

残念ながら日本や諸外国では通常の2Dカラー作品として公開されました。市販されているDVDもすべて2D版のみです。3Dで観たかったですね。


原作が舞台劇という事で、物語は最初から最後までほとんどトニー、マーゴ夫妻が住むアパートの一室だけで進行します。原作者自身が脚色している事もあって、ほぼ舞台劇をそのまま忠実に映画化しているようです。ヒッチコックは敢えてそうした舞台劇的演出にチャレンジしているのも、演出家としての自信の現れでしょうね。
ただ、マーゴと不倫相手のマークとの久々の逢瀬を、トニーが留守中の自分の家でやってるのはやや不自然。トニーがいつ帰って来るか分からないのに。普通はホテルか別の場所を探すでしょう。まあ舞台だと話の流れが途切れないので、それでもいいでしょうがね。

妻殺しを企むトニーの犯罪計画も、実に周到かつきめ細かく練られています。大学時代の同窓生で、前科のあるスワンの弱みを巧みに突いたり、不倫の証拠の手紙をわざと落としてスワンの指紋を付けさせたり、スワンがどうしてもマーゴ殺害計画から逃れられないように仕向けて行く辺りもトニーの狡猾さが覗えます。

Dial-m-for-murde7

Dial-m-for-murder2 そして計画通り、スワンがトニーの家に忍び込み、マーゴがトニーからの電話を受けている時に、スワンが背後からマーゴの首を絞めるのですが、苦し紛れにマーゴが手に触ったハサミをスワンの背中に突き立て、それが元でスワンは死んでしまいます。それを知ったトニーは、家に帰ると警察に電話し、警察が来るまでに犯行に使われたマフラーを焼き捨て、実はマーゴは首なんか絞められておらず、彼女が意図的にスワンを殺したように警察に思わせようと偽装工作を行ないます。まったく冷徹な知能犯ですね。

その計画は成功し、マーゴはスワン殺しの罪で起訴され、死刑が宣告されてしまいます。殺したという動かぬ証拠もないのに死刑だなんて、ちょっと無茶な気もしますが。

しかし捜査に当たっていたハバード警部は、事件の主犯はトニーだと見抜いていたようです。そしてマーゴを密かに釈放させ、巧みに犯人でないと知りえぬ行動をトニーにさせる事によって、見事事件を解決に導きます。

ここで文字通り、キーとなるのが家の鍵です。これがもの凄くややこしい。妻の鍵をこっそり抜き取って階段のマット下に隠して、スワンがそれでトニー宅に忍び込んだり、死んだスワンが持っていた鍵(実はスワンのもの)をトニーが間違えて妻のバッグに戻したり、ハバード警部がわざとトニーと同じ色のコートを着てトニーの家を訪れ、コートをすり替えてトニーの持つ鍵をいただいたり、とにかくややこしい。
最後にトニーが鍵の取替え間違いに気付いて、階段のマット下に隠した妻の鍵でドアを開けたので、これが犯人である動かぬ証拠となり、トニーは観念します。

Dial-m-for-murder5

うまく出来ているけど、最初観た時はどの鍵がどれだか訳が分からなくなって頭が混乱し、あまり楽しめませんでした。その後何度か観る度にやっと流れが掴めて、それからは“なんと良く出来ている完全犯罪ミステリーだ”と感心しました。

ただこの映画の面白さは、フレデリック・ノットの原作及び脚本のうまさによるものであって、ヒッチコック以外の監督が撮ってもそこそこ面白い映画になったと思います。

また何ヵ所か“そんなにうまく事が運ぶのか”と思われる箇所があったり、簡単に死刑が宣告されたり簡単に釈放されたり、最後にトニーがあっさりと負けを認めるのもやや拍子抜け。
そんな難点もありますが、それは何度も繰り返し観ているから気付くわけで、やっぱり知的ミステリーとしてよく出来ている名作には違いありません。

また本作の、“頭のいい犯人が完璧とも思える完全犯罪を実行し、対する名警部が推理を働かせて完全犯罪を突き崩し、犯人を捕まえる”というパターンは、明らかに後の「刑事コロンボ」に応用されていますね。「刑事コロンボ」自体、元々は舞台劇だったわけですし(舞台でコロンボを演じたのはトーマス・ミッチェル)。

マーゴを演じたグレース・ケリーは美しく気品があって好演、以後もヒッチコック作品には「裏窓」 「泥棒成金」 に出演しています。ハバード警部役を演じたジョン・ウィリアムズも名優で、ヘップバーンの「麗しのサブリナ」にも出演しています。スワン役のアンソニー・ドーソンはその後007シリーズ1作目の「ドクター・ノオ」でデント教授役を演じ、こちらでもボンドにあっさり殺されてましたね。

出演者たちの名演技、ヒッチコック監督の熟練の名演出、緻密なサスペンス構成がじっくり楽しめる、名作の1本だと思います。
(キネマ旬報1954年度ベストテン29位)

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コメント

この「ダイヤルMを廻せ!」は、原作は舞台劇で、原作者自身が脚本も書いているんですね。
もともとが舞台劇だということは、映画を観ている時には知らなかったのですが、後から思い返すと、確かに舞台劇の雰囲気だったなと思い当たりましたね。
カメラは事件現場となるアパートの室内を中心に動き、ほとんど外には出ませんね。
ただ1カ所だけ、主人公の夫の出先が出てきますね。
そこから、自宅にいる妻に電話をかけるという重要なシーンなので、これは外せないなと思いましたね。
実を言うと、タイトルが電話のことを表しているので、電話が重要な謎解きのポイントになっているのかと思い込んでいました。
確かに、電話はキーポイントなのですが、決定打ではありません。
謎解きの鍵になるのは、文字通り、夫と妻がそれぞれ1個持っているアパートの鍵なんですね。
この鍵があっちへ行ったり、こっちへ来たり、めまぐるしく動き回るので、よく注意して観ていないとわからなくなりますね。実にうまい小道具の使い方ですね。
この映画は、最初に犯人がわかっていて、警察がどうやって犯人を特定するかという、「刑事コロンボ」式の倒叙型サスペンス・ミステリになっていますね。
犯人は完全犯罪を目論むわけですが、その計画が途中で次々と失敗し、窮地に立たされていく展開は、独特のハラハラ、ドキドキ感で満ち溢れていますね。
それにしても、相変わらず、サスペンス・スリラーの神様アルフレッド・ヒッチコック監督の演出は冴え渡っていますね。
とにかく、カメラワークの印象的なこと。私が一番好きなのは、少し斜め上から、主人公とその友人の二人を見下ろすように捉えるカメラ目線ですね。
アパートの一室をうろつき回る主人公の焦燥感がとてもよく表現されていて、思わず唸ってしまいましたね。
オスカー俳優の渋いレイ・ミランドは、地に足のついた演技で安心して観ていられますし、彼の妻役のグレース・ケリーはただただ美しく、観ているだけで、ため息のつきっぱなしでした。まさに絶世の美女という表現がピッタリの女優さんですね。

投稿: オーウェン | 2026年7月29日 (水) 15:11

◆オーウェンさん、ようこそ
>実を言うと、タイトルが電話のことを表しているので、電話が重要な謎解きのポイントになっているのかと思い込んでいました。…
ははは確かに題名見ればそう思いますよね。
原題は"Dial M for Murder"「殺しの為のダイヤルM」という意味で、ダイヤルを回して家に電話した所から殺人事件が始まる、という意味が込められているようです。結局電話の出番はそこだけでしたね。
そう言えば「刑事コロンボ」の第12話のタイトルが「アリバイのダイヤル」となっていて、電話を使ったアリバイ工作がなされてました。やっぱり本作はコロンボとは縁があるようですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2026年8月 7日 (金) 22:13

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