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2026年7月 7日 (火)

世界名作映画 第144位 「按摩と女」

Ammatonna 1938年・日本    66分
製作:松竹大船
配給:松竹
監督:清水宏
脚本:清水宏
撮影:斎藤正夫
音楽:伊藤宜二

前回、147位の「有りがたうさん」(以下、前作)に次いでの清水宏監督作です。

この作品も前作同様、清水宏監督特集で観ました。そしてやはり感動しました。


主人公は、温泉宿で客にマッサージを施すのが職業の盲目の按摩さんです。目の見えない按摩が主人公の映画…で思い出すのは「座頭市」シリーズですが(笑)、無論こちらは按摩以外に特技はありません。ごく普通の按摩さんです。喧嘩は強いようですが(笑)。

特に大きな事件も起きず、按摩さんとその周辺の人たちの、のどかでゆったりとした日常を淡々かつユーモラスに描くだけの作品ですが、それでも、何とも言えないほっこりとした味わいがあるのです。


Ammatonna4 映画は、徳市(徳大寺伸)と福市(日守新一)の二人の按摩が、温泉場へと向かって山道を歩いているシーンから始まります。二人が会話する様子を、カメラは後退しながらかなり長い移動ショットで捕えて行きます。その会話が面白い。

徳市「俺たちはめくらだが足は目明きに負けない。歩きながら目明きを追い越すのは楽しいなあ」「でもさっき登山学生に追い抜かれたのは残念だな。今からでも追いついて抜き返してやろうか」。福市「そりゃあ無理だよ」。「無理なもんか。無理が通れば道理は引っ込むんだ」。
こんなトボけた会話が続きます。

二人は盲目だけど、まったく引け目を感じておらず、明るくこの人生を楽しんでいるようです。社会の底辺で生きる人たちへの温かい眼差しは、前作とも相通じるものがあります。ひなびた田舎の街を舞台に、現地ロケを多用する演出も前作と共通します。

そんな二人を、1台の馬車が追い抜いて行きます。徳市は「あの馬車には東京から来た女が乗っていたな。東京の匂いがした」と福市に告げます。実際、馬車には1人の女が乗っていました。
徳市は目は見えずとも、嗅覚と言うか感覚は鋭い物があるようです。

やがて二人はひなびた温泉宿に入ります。「鯨屋」という宿の亭主(阪本武)は二人とも顔馴染み。他にも3人ほどの按摩が常宿しています。

Ammatonna7 そしてその宿には、先ほどの東京から来た女、三沢美千穂(高峰三枝子)も泊まっていました。美千穂は按摩を依頼し、徳市が呼ばれて彼女の相手をする事となります。
そして徳市は、いつしか美千穂に恋してしまいます。この徳市の恋模様が、物語のメインとなります。

また鯨屋には、徳市が追い抜かれたと悔しがった4人の学生も泊まっています。4人に按摩で呼ばれた徳市は、悔しさからか思いっきり強く4人にマッサージします。そして画面がフェードアウト。フェードインするAmmatonna8 と、4人の学生が杖をついてヨタヨタ歩いているシーンとなります。それだけで、あの後どうなったかが想像出来て笑えます。
こんな具合に、フェードアウト・フェードインを巧みに使って無駄なシーンは省き、テンポよく物語が進む清水演出には惚れ惚れさせられます。うまいなと思いました。

この宿にはもう一組、やはり東京から来た、研一という名の子供(爆弾小僧)を連れた大村眞太郎(佐分利信)という男も泊まっています。
川で魚を釣っていた研一と、それを見ていた美千穂が親しくなった事から、眞太郎も美千穂に惹かれて行きます。そのせいでしょうか、眞太郎は東京へ帰るはずが、日一日と滞在を延ばします。研一はつまらなさそうです。
やっと東京に帰る事になって、研一が美千穂に別れの挨拶をして、眞太郎たちは馬車に乗って去って行きます。もしかしたら、美千穂も眞太郎が好きだったのかも知れません。去って行く馬車を追いかける美千穂の姿が切ないです。佐分利信が若い。

Ammatonna3_r 温泉宿周辺の、流れる川だとか、滝などの風景も風情があります。そんな風景の中で、美千穂が宿の傘を差して佇む姿がとてもいいですね。

笑ってしまうのが、夜の道で4人の登山学生と徳市がすれ違った時、身体が触れたという事で喧嘩になるのですが、「やるか!」と睨み合った所でフェードアウトし、フェードインすると、顔中に絆創膏を貼った学生たちが杖をついて山道をヨタヨタと歩くシーンとなります。これだけで喧嘩の結末が判ると同時に、前出の学生たちが徳市に強いマッサージをされた後のシーンのまるごと反復にもなっているわけで、まるで外国のコメディ映画を観ているような、日本映画離れした洒落た演出ですね。溝口健二が清水を「天才だ」と言ったのも納得です。

そんな鯨屋で、登山学生たちの持参金が盗まれる事件が起きます。事件と言っても、どこかのんびりした空気が漂ってます。これも清水演出の持ち味でしょうか。

ところが、それを聞いた徳市は、何かを恐れているかのように感じる美千穂がその犯人ではないかと疑います。そして福市から、近々警察の手入れがあると聞かされた徳市は、美千穂が警察に捕まっては大変だと、夜になると美千穂を無理やり誘い出し、夜道を彼女の手を引っ張って逃げようとします。

途中で立ち止まった道端で徳市は彼女に 逃げた理由を話しますが、美千穂はそれは勘違いで、この温泉宿に来た本当の理由を徳市に語ります。
彼女が泥棒でなかった事に安堵する徳市ですが、代りに、何か大切な物を失ったのかも知れません。そうして、徳市の淡い恋は終わるのです。このシーンもやるせないですね。

翌日、美千穂は馬車に乗って去って行きます。それを寂しく見送る徳市。去って行く馬車を追いかけ、見守り続ける徳市の姿で映画は終わります。
このシーン、前述の美千穂が眞太郎たちの馬車を追いかけるシーンと対になっているのも、粋な演出です。


とても、ほのぼのとした気分になれる、素敵な映画でした。ユーモアあり、詩情あり、美しい自然の風景の中で繰り広げられるささやかな人間模様に酔わされる、ヒューマン・コメディの秀作です。上映時間がたった66分とは信じられないくらいに中味の充実した作品でした。

徳市を演じた徳大寺伸が絶妙の好演。そして美千穂を演じた高峰三枝子が素晴らしい。儚げで、謎めいた美人を見事に演じています。

Yamanoanata この映画に惚れ込んだ石井克人監督は、2008年に本作をリメイクした「山のあなた 徳一の恋」という映画を監督しています。草彅剛が徳市を演じていますが、本作の脚本、アングル、カット割りまでまるまる完全コピーするという珍しい作品です。温泉宿の風景まで、精巧なミニチュアを作って再現するという徹底ぶりです。

Yamanoanata2「PARTY7」という尖がった作品を作った若手の監督でさえ、この映画に熱烈なオマージュを捧げているわけですから、如何に素晴らしい映画だったかという事がお分かりいただけるでしょう。

ともかく楽しい。まるでスルメのように、噛めば噛むほどに味が出て、何度も観たくなります。清水宏監督の名前は、是非覚えておいて欲しいと思います。

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DVD 「按摩と女」
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