B級娯楽映画 第143位 「危うし!!快傑黒頭巾」
原作は、戦前に「豹(ジャガー)の眼」(1928)や「まぼろし城」(1937)等の人気冒険小説で一世を風靡した大衆小説作家の高垣眸が1935年に発表した同名小説です。
この3本は戦前、戦後を通じて何度も映画化、テレビドラマ化されているので題名をご存じの方も多いでしょう。「ジャガーの眼」は1950年代後半にテレビで大ヒットした「月光仮面」の後番組だった事でも有名ですね。
「快傑黒頭巾」は原作発表直後の1936年に既に映画化されていますが、戦後話題になったのは1953年に東映で大友柳太朗主演で映画化された、「快傑黒頭巾」(監督:河野寿一)です。これを第1作として以後シリーズ化され、大友柳太朗主演で計6作が作られました。いずれもモノクロ・スタンダードサイズです。折からの「笛吹童子」(1954)などの“お子さま時代劇”の大ヒットもあって、このシリーズも観客を動員しました。
1956年の6作目、「御存じ快傑黒頭巾 神出鬼没」(監督:深田金之助)でシリーズは一旦終了しますが、翌年から東映が日本初のシネマスコープを導入、第1弾「鳳城の花嫁」(監督:松田定次)の主演は奇しくも大友柳太朗でした。以後東映はそれまでスタンダードで作っていた「水戸黄門」等の人気シリーズを次々とカラー・シネマスコープで再シリーズ化。その流れで「快傑黒頭巾」も1958年からカラー・シネスコでシリーズを再スタートする事となります(以下“新シリーズ”と呼びます)。年1作ペースで、計3作が作られました。
カラーになって、新シリーズはぐっと華やか、かつスケールアップされます。私はその1作目「快傑黒頭巾」から封切りで観ていますが、面白くてワクワクしながら観ていました。
まずタイトルバックに主題歌が流れます。当時人気だった松島トモ子が歌っています。これがカッコいい。
♪いつも正しく明るく強い みんな夢見るおじさんは 二挺拳銃左に右に 撃つよ撃つよ 快傑黒頭巾♪
という歌詞で、テンポよくリズミカルで耳に馴染み、私は今でも覚えていて口ずさめるくらいです(笑)。後で調べたら、なんと作詞:丘灯至夫、作曲:船村徹という歌謡曲の大御所コンビが作っていたのですね。松島トモ子は毎回違う役で3作全てに出演しています。
大友柳太朗扮する黒頭巾は変装の名人で、なんと9変化。易者の天命堂、艶歌師与作が毎回お馴染みの変装姿で、その他作品ごとにいろんな人物に変装して敵の目を欺きます。また歌にもある通り二挺拳銃の名手でもあります。
そしていつも最後には頭巾を取って正体を見せ、本名・山鹿弦一郎を名乗るなど、ほとんど片岡千恵蔵の“多羅尾伴内”そのまんまです(笑)。
舞台は幕末、黒頭巾は長州などの勤皇派の味方で、倒幕の為に活躍しますが、そのストーリー展開、頭巾姿も含めて「鞍馬天狗」とよく似ています。1作目では「鞍馬天狗」でもお馴染みの角兵衛獅子(演じているのが松島トモ子・左)も登場しますからなおさらです。
つまりこのシリーズ、多羅尾伴内と鞍馬天狗を巧妙にミックスした(悪く言えばパクった(笑))作品と言っていいでしょう。B級映画だから何でもアリでいいのです(笑)。
さらに小道具も時代考証無視、1作目ではなんと時限爆弾が登場します(右)。そして毎回最後に派手な大爆発シーンがあります。2作目などはサブタイトルもズバリ、「爆発篇」です。
これで面白くならないはずがない。このシリーズも大ヒットします。
前置きが長くなりましたが、その新シリーズ3作の中でも、本稿で述べる3作目にして最終作「危うし!!快傑黒頭巾」が一番面白い出来です。まさにこれぞB級娯楽大活劇です。
物語は冒頭、長崎で勤皇派の長州藩がゲーベル銃を密輸入する所から始まります。それを知った幕府側は目付の松平主税介(進藤英太郎)に対応策を取るよう命じます。主税介は勤皇派を撲滅する為には手段を選びません。なんと清国の密使、王徳順(三島雅夫)と結託して、領土を分割する密約を結びます。
しかしこの売国的方針に長崎奉行、榊原若狭守(御橋公)が反対すると、主税介は若狭守を暗殺します。そして黒頭巾にその罪をなすり付けます。とんでもないワルですね。でも悪役は憎たらしいほど映画は面白くなります。進藤英太郎(右)の悪役ぶりは板に付いてますね。
若狭守の息子、榊原新之助(伏見扇太郎)は勤皇派で、倒幕の為の武器弾薬を唐人曲芸団の協力を得て隠しています。黒頭巾は新之助に協力して、この武器弾薬を、長崎から伯耆の大山寺領へと移送する旅が後半のクライマックスとなります。
その間、新之助の妹・妙(桜町弘子)と弟・大次郎(住田知仁)が黒頭巾を父の仇と思い込んで付け狙ったり、曲芸団の花形・曹麗花(丘さとみ)が、危ない所を助けてもらった黒頭巾に恋心を抱いたり、といったエピソードも絡みます。松島ト
モ子は曲芸団の可憐な少女・彩生(右)を演じて歌も歌います。出番はそこだけなのがちょっと残念。
ちなみに大次郎役を演じた住田知仁(左)は、子役時代の風間杜夫です。
黒頭巾は前述したように、易者の天命堂を筆頭に、艶歌師与作など次々早変わりの変装を行います。これも毎回お楽しみ。しかし、頭を剃り上げた中国人なんて、カツラ?にしても短時間で変装するのは難しいのでは?(笑)。ま、細かいツッ込みは野暮と言うものでしょう。
さて、いよいよ武器弾薬の移送の日がやって来ます。新之助がリーダーとなって、船で米子浜まで運んだ後、陸路で6台の幌馬車に弾薬を積み、大山寺領へ向かうのですが、それを嗅ぎつけた主税介率いる騎馬隊が後を追いかけ、壮絶な追跡劇が始まります。
このくだりがまるごと西部劇です。敵は逃げる幌馬車隊に発砲し、曲芸団側も銃で応戦し、撃たれた騎馬隊の一員が落馬するシーンなどは、まるごと西部劇のインディアンの襲撃を思わせます。
そして遂に幌馬車隊は追い詰められ、立ち往生した幌馬車の周りを騎馬隊の馬がグルグル回るシーンもまったく西部劇。

もうダメか、と一行が思った時、黒頭巾が颯爽と登場します。しかも手綱を放し両手に二挺拳銃を構えて走って来るカッコ良さ。場内は拍手の渦となります。
若い方は知らないでしょうが、当時はチャンバラ映画で、味方が危機となった時にヒーローが駆けつけるシーンがカットバックされると、観客は一斉に拍手喝采するのが当たり前でした。脚本家も監督も心得たもので、絶妙のタイミングでヒーローが颯爽と現れるように出来ております。
黒頭巾が二挺拳銃を撃ちまくり、勇気付けられた新之助たちは黒頭巾が応戦している間に馬車を出発させ逃げて行きます。
その時、別方向に逃げた1台の馬車に敵の一人が追いかけ乗り移りますが、そこに黒頭巾が追いつき、馬から馬車に飛び移り大乱闘となる一連のシーンは、ほとんどスピルバーグ監督の「レイダース 失われた聖櫃」まんまです。無論こちらの方が先です。スタントマンでしょうがちゃんと飛び移ってます(下)。こうしたアクションのつるべ打ちに、観客―特に子供たちは大喜びでした。

逃げる幌馬車隊をなおも追いかける敵の騎馬隊。一行が途中の木橋を渡り切った時、新之助は1台の馬車に火をつけて橋に戻します。そして橋の中央で馬車は大爆発、橋は破壊され追っ手はそこで立ち往生し、幌馬車隊は無事逃げおおせます。この流れも西部劇によくありますね。
幌馬車隊に積んだ武器弾薬が無事目的地に到着した事を見届けた黒頭巾は、一行に別れを告げます。名残惜しそうに見送る麗花と大次郎。
その時大次郎は黒頭巾に「おじさんはどうしていつも頭巾をしているの?」と訊ねます。すると黒頭巾は「この世から悪い人間がなくならない限り、おじさんはこの頭巾を取れないんだよ」と優しく答えます。これは名セリフですね。
そして黒頭巾は愛馬に跨り、去って行きます。大次郎は「さようなら、黒頭巾のおじちゃん、さようなら」と呼びかけ、エンドマーク。ここは「シェーン」ですね。「終」のマークが出た時も拍手が巻き起こっておりました。

というわけで、本作はまさしく、いろんなB級映画 ― チャンバラ映画、ヒーロー・アクション、西部劇 ― のエッセンスを巧みに織り交ぜ、観客を楽しませてくれる痛快娯楽映画の快作だと私は断言します。
西部劇の要素を取り入れた日本映画は、日活無国籍アクションや石井輝男監督作品などいくつかありますが、数十分にも及ぶダイナミックな西部劇タッチのアクションが展開される作品は、私の知る限り本作だけではないでしょうか。
松村昌治監督は、新シリーズ3作すべて担当しているだけに手慣れたものです。アクション演出はキレがありますね。
なお松村監督はこの後、近衛十四郎主演の「柳生武芸帳」シリーズを数本監督していますが、中でもシリーズ最終作「柳生武芸帳 片目の忍者」(1963)ではまるで戦争映画さながらの壮絶なアクションが展開されており、シリーズ屈指の秀作になっています。松村昌治はもっと評価されてもいい監督だと私は思います。
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