世界名作映画 第142位 「肉弾」
岡本喜八も、私の大好きな監督です。でも好きな作品のほとんどはB級アクション映画。なのでB級娯楽映画ベスト150には数本入っています。
本作は唯一、名作ベスト150に入るべき傑作として高く評価しており、私にとっても忘れられない名作です。これは公開当時、ATG封切館で観ました。
岡本喜八は東宝の専属監督で、1959年の西部劇タッチの戦争アクション「独立愚連隊」が作品的に評価され、興行的にもヒットして一躍若手監督の有望格として注目を浴びます。ただこの作品、一部で好戦的だ、戦争を茶化しているとの批判も受けました。
その後も戦争映画、ギャング映画、時代劇など多くの娯楽作品を作りましたが、終戦秘話を題材とした1967年の大作「日本のいちばん長い日」が興行的に大ヒットし、キネマ旬報ベストテンでも第3位に入選する等、高く評価されました。岡本監督にとって初めての超大作であり、初めてのキネ旬ベストテン入り作品でもあります。
ただ当時の批評の中には、戦争指導者を英雄視しているとか、庶民が全く出て来ないとかの批判もありました。
それに反撥したのかどうか、岡本監督は今度は以前から温めていた、戦争に駆り出された1人の若者を主人公にした本作を作る事にします。作品には岡本監督の戦争体験も反映されています。
ただ脚本は出来上がっていたものの、東宝はOKを出さず、監督は自費で製作を決断、その頃日本ATGが製作費1千万円を独立プロとの折半で出資しする方式の、いわゆるATG1千万円映画を次々と製作していた事から、岡本監督も本作をATG提携で製作する事としました。
それでも半分の500万円の自己資金がなかなか調達出来ず、岡本監督は自宅を抵当に入れて製作費を捻出したそうです。
登場人物には全員名前がなく、主人公は「あいつ」、相手役のヒロインは「少女」となっています。
撮影は製作費を抑える為に16ミリ・フィルムで撮影、出演者は主演の「あいつ」には若手の新進俳優、寺田農を抜擢、相手役の「少女」には一般公募で募集したまだ高校生の大谷直子が選ばれました。その他の出演者は、岡本作品の常連俳優を中心に、天本英世、田中邦衛、伊藤雄之助、中谷一郎、小沢昭一、笠智衆、北林谷栄、春川ますみ、菅井きん、今福正雄など錚々たるメンバーが集まりました。中にはノーギャラの人もいます。岡本監督の人徳のおかげでしょうね。
映画は冒頭、ナレーション(声:仲代達矢)で、終戦直後と現在(昭和40年頃)の日本人男性の平均寿命の差は、21.6歳。あいつの年令と丁度同じだ、と語られます。いかに終戦当時、男たちは若くして死んで行ったかが数字で示されます。
「あいつ」は工兵特別甲種幹部候補生として召集されます。だが昭和20年も半ば、軍隊には食べるものもなく、みんな飢えています。あいつは区隊長(田中邦衛)に、みな腹を空かせて牛のように反芻していると訴えますが、区隊長は激怒し、貴様は下劣な豚だ、豚は裸だから命令があるまでは着衣を着るなと命令し、あいつは全裸で訓練に参加する事となります。寺田農が本当に素っ裸で手榴弾を投げたり、まさに体当たりの熱演です。
岡本監督の演出は、随所に軽妙かつユーモラスな描写を交え、軍隊のバカバカしさを笑い飛ばします。比喩的表現が即、絵になったり、区隊長があいつの言動に呆れ、「貴様はいったい、…」の言葉を何度も繰り返すシーンでは、回転するレコードが針飛びするシーンがインサートされたり、笑えるカットがいくつも出て来ます。
やがて広島に原爆が落ち、ソ連も参戦、戦況は厳しくなり、あいつたち候補生は特攻隊員に配転されます。一日だけの外出を許されたあいつは、古本屋で空襲で両腕をなくした爺さん(笠智衆)に出会ったりしますが、これも戦争で苦しめられる庶民の一例として監督が描きたかった事なのでしょう。
次にあいつは焼跡の中の女郎屋に入りますが、そこで数学の勉強をしているお下げ髪の「少女」と出会います。あいつは少女の数学の問題を解いてあげた事で親しくなり、てっきり相手をしてくれるものと勘違いしてお金を渡しますが、部屋に現れたのは年増のおばさんだったのでガッカリ。ここも笑えます。
そんな事があった後、あいつは少女と再会し、雨宿りした防空壕の中で二人は裸で抱き合い、結ばれます。あいつにとって、死を賭けて守るべき相手が見つかったのです。

全裸になった二人は子供のようにはしゃぎ、あいつの号令で少女が行進するシーンでは、映画初出演とは思えない大谷直子の堂々とした自然体の演技が光ります。
その後は、あいつが命令によって、砂丘で対戦車地雷抱えて戦車に突撃する訓練の様子や、それと並行して砂丘で出会った小さな兄弟、モンペ姿のおばさん(三戸部スエ)といった庶民との交流も描かれます。そして翌日、あいつは兄弟の弟から、空襲で兄と少女が死んだ事を知らされます。
戦争は、大切な人の命も奪ってしまう残酷で理不尽なものだという事を、岡本監督は映画を通して訴えかけます。ここは強く心に沁みます。
やがてあいつは作戦の変更で、今度は魚雷を括り付けたドラム缶で海に出よとの命令を受けます。敵の船が見えたら魚雷を発射するのです。どの作戦もお粗末でバカらしい物ばかりです。でもあいつは、少女の仇を討つ為に必死で敵を待ちます。

ある日、大きな船を見つけたあいつはそれが敵空母だと思い、執念を込めて魚雷を発射しますが、数メートル進んだだけで魚雷はブクブクと沈んでしまいます。
空母だと思った船は、おわい船、いわゆる屎尿運搬船でした。船長(伊藤雄之助)から、日本は戦争に負けたと教えられます。自分は何の為に戦って来たのか。あいつは怒りに震えます。
あいつのドラム缶はおわい船に曳航されますが、ロープが切れて、ドラム缶は洋上に取り残されます。その事も知らず、あいつは「チクショウ、バカヤロー!」と叫び続けます。
ラストシーンは衝撃的です。時代は現在(昭和43年)に飛んで、日本はすっかり平和になり、海水浴場では若者たちが楽しんでいます。そこに流れて来たのがあのドラム缶。その中には、あいつの白骨死体が。あいつは今もなお「バカヤロー!」と叫び続けているのです。
全編、いかにも岡本喜八らしい、皮肉たっぷりのギャグあり、笑いあり、おかしさと諧謔精神に満ちたブラック・コメディ・タッチの作品ですが、作品の根底には、無謀な戦争に突き進み、多くの犠牲を出した国家への怒りが充満しています。
あいつの「バカヤロー」の叫びは、戦中派、岡本監督の怒りでもあるのでしょう。映画が終わっても、深く考えさせられました。
キネマ旬報ベストテンでは2位に入選し、その他の映画賞も数多く受賞しています。優れた反戦映画であり、青春映画でもあり、岡本監督作品の中でも最高傑作だと思います。
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