B級娯楽映画 第141位 「飾窓の女」
ラング監督は、ドイツ時代には壮大な叙事詩大作「ニーベルンゲン」(1924年)や、SF映画の古典的名作「メトロポリス」(1927年)、集団心理の恐ろしさを描く傑作「M」(1931年)などの、いずれも映画史に残る名作を監督している、巨匠とも言える存在です。
ところがアメリカに渡ってからは、「激怒」 (1936) 、「暗黒街の弾痕」(1937)、「復讐は俺に任せろ」 (1953)等のフィルム・ノワール、「地獄への逆襲」(1940)、「西部魂」 (1941)等の西部劇…といった具合に、典型的なB級サスペンス、娯楽映画を数多く監督するようになります。面白いと言うか不思議な方ですね。
本作なそんな中でも、かなりよく出来たフィルム・ノワールの秀作です。
この作品は以前から評判だけは聞いていましたが、なかなか観る機会がありませんでした。
その後2018年4月に、大阪・九条のミニシアター、シネ・ヌーヴォで開催された特集上映「フィルム・ノワールの世界 VOL.2」でやっと観る事が出来ました。前回取り上げた「脱獄囚」といい、シネ・ヌーヴォさんには本当にお世話になっています。
当ブログでも、前回同様にこの特集について記事にしており、本作についても作品評を書きました。本当は前回同様、その時の記事を再録しようと思ったのですが、あれから8年が経ち、新しい情報もあったり、同作品評で書ききれなかった点もあるので、改めて書き直す事にしました。
本作の主演はエドワード・G・ロビンソン。いつもギャングや犯罪組織の黒幕を演じているけれど、本作では大学助教授役というのが珍しいです。
(以下ネタバレあり)
映画は、大学の犯罪学の助教授リチャード・ウォンリー(エドワード・G・ロビンソン)が、「殺人の心理的側面」というタイトルの講義を行っているシーンから始まります。これが実は物語の伏線にもなっています。
ウォンリーは妻と2人の子供を休暇の旅行に送り出し、旧友の地方検事フランク・レイラー(レイモンド・マッセィ)や医師のマイケル・バークステイン(エドモンド・ブレオン)らと一緒にクラブで食事をする事にします。
そこに入る前にウォンリーは、隣の画廊の窓に架けられている女の肖像画に魅了されます。
レイラーたちと話し込むうちに深酒をしてしまい、係に10時半に起こしてくれと頼んで仮眠します。
起こされた後、帰る途中にまた隣の肖像画の女に魅入っていると、ガラスに肖像画とそっくりの女(ジョーン・ベネット)が映っていました。

彼女の名はアリス・リードと言い、彼女がそのモデルだと判ります。誘われるままに、ウォンリーは彼女のアパートへ行きます。
すっかりいい気分になったウォンリーですが、夜も更けた頃、突然彼女の愛人だと言う男・フランク(アーサー・ロフト)が現れ、ウォンリーと口論の末乱闘となり、絞め殺されそうになったウォンリーは、咄嗟にアリスから渡された鋏でフランクを刺し殺してしまいます。
これが露見すれば、助教授の地位も家庭も終わりだとあせったウォンリーは、死体を遠くの森に棄てに行きますが、やがて死体が発見されてしまい、フランクは実は本名クロード・マザードという経済界の大物であったのでニュースでも大きく取り上げられ、騒ぎとなります。
そして事もあろうにこの事件を担当するのが友人のレイラー検事だと知ってウォンリーは焦ります。その上、行きがかりでレイラーと共に現場検証に立ち会う事になりますが、そこでつい犯人しか知らない事実をポロっと漏らしてしまい、あわてて取り繕うシーンが何度か繰り返されるのがおかしい。あのロビンソンがうろたえ、オタオタするのだから余計笑えます。ところがレイラー検事は、さすが犯罪学の先生、素晴らしい推理力だと感心します。ここも笑えます。

殺人事件が絡むサスペンスなのに、こうしたユーモラスなシーンを随所に挟む、緩急自在のラング演出が見事です。
ジョーン・ベネット演じるこの謎の女は、ファム・ファタールと呼ぶほどの悪女ではないのですが、男をどんどん破滅に追いやる役割を果たしている点では、やはり怖い女です。
まあ、ついフラフラとついて行ってしまったウォンリーも悪いのですが。
何とか難を逃れたウォンリーですが、一難去ってまた一難、アリスの前に、殺されたマザードの用心棒を名乗る男・ハイト(ダン・デュリエ)が現れ、アリスに殺人の口止め料を要求して来ます。彼女から相談されたウォンリーは、こう言います。
ゆすりに対処するには方法は3つある。1.文無しになるまで払い続けるか 2.自分で警察に電話してすべてを告白するか 3.でなかったら彼を殺すしかない。
これは和田誠さんの「お楽しみはこれからだ」にも載っている名セリフです。さすが犯罪学の先生ですね(笑)。
ウォンリーは3.の方法を取る事にし、薬局で劇薬を購入し、それをアリスに渡してハイトに飲ませる計画を立てますが、ハイトに見破られてしまい、さらなる口止め料を要求されてしまいます。
これ以上の支払いは無理だと絶望したウォンリーは心身共に疲れ果て、とうとう自殺を決意し、買った残りの劇薬を飲もうとします。
(以下重要ネタバレに付き、未見の方は注意)
ハイトはアリスの家を出た直後、警察官に呼び止められ、撃ち合いになって死んでしまいます。所持品から、警察はマザード殺しの犯人はハイトと断定、事件は思わぬ解決を見ます。
その一部始終を見ていたアリスは急いでウォンリーに吉報を電話しようとしますが、時すでに遅く、劇薬を飲んだウォンリーは意識を失い死の淵にいました。何とも皮肉な結末です。
……
ところが、そんなウォンリーを「10時半ですよ」と起こすクラブの係員の声が。なんと、すべては眠っている間にウォンリーが見た夢だったのです。
私は思わず、ええーっとのけ反りそうになりました(笑)。これはやや禁じ手とも言えるオチ。
しかしラング監督のサスペンスフルな名演出で、むしろウーンやられた、と感心したい気分になりました。夢オチ、というのはよくある手ですが、サスペンス映画でこれを使ったのは、多分本作が最初じゃないでしょうか。
さらにあっと思ったのは、出口のクローク係がなんと、マザード役のアーサー・ロフト、クラブのドアマンがハイト役のダン・デュリエでした。それで夢の中に出て来たわけですね。ウォンリーは二人に、「無事でよかったな」とでも言いたげな表情でクラブを出ました。これ、世界名作カテで紹介した「オズの魔法使」と同じ手ですね。
クラブを出たウォンリーは、またあの隣の画廊の肖像画を見ますが、ここでも冒頭と同じシーン(ガラスに映る女)が繰り返され、ウォンリーがもうコリゴリだと慌てて逃げて行くシーンもケッサクですね。これ、ヒッチコックの「見知らぬ乗客」のオチにうまく再利用されている気がします。
ヒッチと言えばもう一つ、上記の殺されそうになって抵抗し、弾みで相手をハサミで刺し殺してしまう、というくだりは、ヒッチコックの「ダイヤルMを回せ」にも同じようなシーンが登場します。そういう点では本作、ヒッチコックにいろいろ影響を与えているのかも知れません。
ウォンリーを脅迫する不気味な男を演じるダン・デュリエ(右)が実にいい味を出しています。他にも数本のフィルム・ノワールに出演しており、いずれも好演。この方は注目ですね。
ただ、すべてがウォンリーの夢だとすると辻褄の合わない点があります。アリスの家にハイトがやって来て彼女を強請るシーンとか、ラスト間際、ハイトが警察との撃ち合いで死ぬシーン、いずれもウォンリーはその場にいないはず。本人が知り得ないエピソードを夢で見るのは不自然ですね。
この点についてですが、Wikipediaによると、原作は夢オチではなく、ウォンリーが自殺という悲劇的な最期を迎えるという結末でした。
ところが当時設けられていたヘイズ・コード(倫理コード)では、こうした道徳的に難のある結末は好ましくないという事で、ヘイズ・コードに合わせる為に夢オチにした、という事らしいです。当時の批評でも、「ルール違反の結末さえなければ、最高の作品だった」と書かれていたそうです。
でも夢オチにしたおかげで暗い結末にならず、観客は安心して、いい気分で劇場を出るという利点もあるように思います。
いずれにしても、本作は異色のフィルム・ノワールとして見ごたえのある秀作であり、またオチが判った後でも、何度観ても楽しめるという点でもお奨めしたい秀作です。
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さて、今回で世界名作映画、B級娯楽映画、共に10本の作品を紹介したわけですが、本年5月24日にスタートして、約70日経過した事になります。週2本のペースですね。
このままですと、年平均で100本強。両方合わせて300本を紹介し終えるまでに3年かかる計算となります。無事最後まで完遂出来るかどうか。
まあ気長にお待ちください。よろしくお願いいたします。
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