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2026年8月16日 (日)

世界名作映画 第139位 「戦場にかける橋」

The-bridge-on-the-river-kwai 1957年・アメリカ=イギリス   162分
製作:サム・スピーゲル・プロ
配給:コロムビア映画
原題:The Bridge on The River Kwai
監督:デイヴィッド・リーン
原作:ピエール・ブール
脚本:カール・フォアマン、マイケル・ウィルソン
撮影:ジャック・ヒルデヤード
音楽:マルコム・アーノルド
製作:サム・スピーゲル

この映画は、大学生の時に名画座で観ました。

デヴィッド・リーン監督についてはそれ以前、既に「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」を封切時またはその直後に観ていて、いい監督だなと思っていたので、この作品は観たいと思ってました。

やはり名作だと思いました。感銘を受けました。個人的には、「アラビアのロレンス」よりも好きな作品です。


時代は第2次世界大戦下の1943年、当初日本の同盟国であったタイ王国と、当時は日本軍の占領下にあったイギリスの植民地のビルマ(現ミャンマー)の国境付近に、日本軍の捕虜収容所がありました。ここにはアメリカ軍の捕虜が収容されており、連日過酷な労役に従事していましたが、そこに新たにニコルスン大佐(アレック・ギネス)率いるイギリス軍捕虜の一隊が送られて来ます。

イギリス兵たちは、仲間を鼓舞する為に口笛でマーチ風の曲を演奏しています。これが映画主題歌として大ヒットした「クワイ河マーチ」です。私は当時、ミッチ・ミラー合唱団によるこの曲のレコードを持っていました。今でもCDで時々この曲を聴いています。原曲は「ボギー大佐」という曲で、これを勇壮なマーチにアレンジしたのは秀逸です。

The-bridge-on-the-river-kwai2 収容所の所長、斎藤大佐(早川雪洲・右)は、バンコック・ラングーン間を結ぶ泰緬鉄道を貫通させる為、5月12日を期限としてクワイ河に橋梁を建設せよとの司令部からの命令を受けており、その労役を目的としてイギリス軍捕虜をここに招集したというわけです。

この様子を冷ややかに見つめていたのが、アメリカ軍捕虜のシアーズ中佐(ウィリアム・ホールデン)です。彼は齋藤大佐の部下の兼松大尉(ヘンリー大川)にワイロを渡して仮病で労役を免除してもらったりするしたたかな男で、隙あらば脱出しようと機会を狙っています。

映画「大脱走」でもお馴染みのように、アメリカ兵にとっては脱走も立派な任務なのですね。

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斎藤大佐はイギリス軍捕虜全員に橋梁建設の労役を命じますが、ニコルスン大佐は将校への労役はジュネーブ協定に違反すると労役従事を拒否します。それを聞くや齋藤大佐は烈火の如く怒り、従わなければ銃殺だと脅しますが、ニコルスンも一歩も引きません。イギリス軍医のクリプトン(ジェームズ・ドナルド)が飛び出し、「目撃者は大勢いる。虐殺があなたの軍人の規範ですか」と斉藤を非難した事でからくも銃殺は逃れます。クリプトンは以後も何度か両者の間を取り持つ役を担います。

この齋藤大佐とニコルスン大佐との丁々発止の駆け引きが、両俳優の見事な演技もあって緊迫感が漂います。

ニコルスン大佐は粗末な営倉に入れられますが、それでも音(ね)を上げません。まさにそれぞれの指揮官としてのメンツを賭けての闘いです。

その間、シアーズは仲間2人と脱走を図りますが、仲間は日本軍兵士に見つかって殺され、シアーズだけがかろうじて脱出に成功します。

ニコルスン大佐の抵抗は続き、大佐を欠いた工事現場では、工事担当者の三浦中尉(勝本圭一郎)の工事指導が拙劣な事と、捕虜のサボタージュもあって架橋工事は遅れに遅れます。痺れを切らした齋藤大佐は三浦中尉を解任し自ら陣頭指揮に立ちますが、工事の素人の悲しさ、事故も続いて工事はさらに遅れます。

齋藤大佐はニコルスン大佐に対していろいろと条件を緩め、肉やワインでもてなして働かせようとしますが、ニコルスン大佐は齋藤大佐がこちらの条件を飲まない限り協力しないと突っぱねます。

この辺りから、齋藤大佐とニコルスン大佐の双方の力関係が逆転して来るのが笑いを誘います。あるいは齋藤はニコルスンに一目置くようになったのかも知れません。

イギリスの名優アレック・ギネスと、ギネスと互角に渡り合う早川雪州との火花散る名演技も見ものです。

とうとう齋藤大佐はニコルスン大佐の頑固さに根負けし、日露戦争の戦勝記念日の恩赦と口実をつけて、将校の労役免除を認めると同時に、工事指導権もニコルスンに全面的に譲り渡します。ニコルスンの元に群がり狂喜する捕虜たち。齋藤大佐の完全敗北です。でもこれで期限までの工事完成の目途が立ち、齋藤大佐も胸をなでおろします。

ニコルスン大佐は早速動きます。橋の建設に関する知識を豊富に持っている将校を集め、工事手法を練り直したり、建設予定地の地面が軟弱である事を突き止め、橋の建設位置を移動させたりします。ニコルスン大佐はまた、緩んでいた捕虜たちの軍人としての誇りを取り戻させるべく、“橋の建設を成功させる事は、イギリス軍人の能力の高さを日本軍に見せつける絶好のチャンス”だと捕虜たちを鼓舞します。

大佐の思惑は成功し、工事は急ピッチで進みます。そして遂に、5月12日の期限までに橋は完成する事となります。

軍医のクリプトンは、「橋が完成したら日本軍の侵攻に有利になる。それは国家への反逆行為になるのでは」と疑問をぶつけますが、ニコルスンは「橋の完成はイギリス軍の評判を高め、後世まで伝えられる栄光をもたらす」と答えます。

ニコルスンは、戦争が終わった後の事まで見据えています。先見性を持った、優れた人物だと思いました。

一方、脱出したシアーズはイギリス軍支配下の病院で悠々自適の生活を送っていましたが、そこに316部隊所属のウォーデン少佐(ジャック・ホーキンス)が現れ、クワイ河にかかる橋が完成すれば、日本軍のイギリス領インドへの進軍が予想されるので、橋を爆破する決死隊を編成する事になり、現地の事情に詳しいシアーズに道案内するようにとの事でした。

命からがら脱出した現地には戻りたくないとシアーズは決死隊参加を拒みますが、実はシアーズは本当は二等兵曹なのに、死んだ中佐の服を奪い、階級詐称していたのです。何とも呆れた男ですね。まあ日本軍兵士にワイロを掴ませてズル休みするくらいですから、悪がしこい奴とは思ってましたが(笑)。

その階級詐称事実は、米軍から届いたシアーズの履歴書で既に判明しており、ウォーデン少佐はシアーズに、爆破作戦に参加すれば階級詐称は見逃し、少佐に昇格させてやると持ち掛けます。かくしてシアーズはしぶしぶ決死隊に同行する羽目となります。

ウォーデン少佐を隊長とするシアーズも含めた4人の決死隊は落下傘でタイの密林地帯に降下しますが、一人は木に激突して死亡、残ったウォーデン、ジョイス(ジェフリー・ホーン)、シアーズの3人はジャングルを進み、なんとか現地に到着します。

5月12日、クワイ河の架橋工事は完成し、5月13日に初列車がクワイ河を渡る事が決まります。ニコルスンと齋藤大佐は共に橋の完成を祝います。

二人の間には、友情のようなものが生まれたようです。戦争が終われば、二人はその後も堅い友情で結ばれたかも知れませんね。

だがその深夜、ウォーデン少佐の決死隊は、橋に爆弾を仕掛け、離れた場所の点火装置と電線ケーブルで結ぶ作業を終えていました。

13日の朝、橋の最後の点検をしていたニコルスンは、橋からケーブルが伸びているのを見つけます、河の水位が下がっていたのが誤算でした。

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ニコルスンと齋藤大佐は、ケーブルを辿って、岩の影に点火装置を発見します。だが隠れていたジョイスが齋藤大佐を刺し殺します。ジョイスはニコルスンに、「自分たちは橋を爆破しに来た」と伝えます。驚愕するニコルスン。

決死隊と日本軍との銃撃戦が始まり、ウォーデンは遠くから迫撃砲で日本軍を狙います。ジョイスは射殺され、代わりに点火装置に向かったシアーズも撃たれます。その姿を見て呆然と立ち尽くすニコルスン。

その時、ウォーデンの放った迫撃砲の弾がニコルソンの近くで炸裂し、ニコルソンは弾の破片を受けてよろめき倒れそうになりますが、悪い事にその先に点火装置があり、ニコルスンはその上に倒れ込んだ事でスイッチが入り橋は大爆発を起こし、そこに走って来た列車も次々と川に転落して行きます。おそらく列車の乗客の中にも多数の死者が出た事でしょう。

ニコルスンが心血を注いで完成させた橋を、そのニコルスンが爆破してしまうという、ブラックジョークのような、皮肉な結末ですね。
遠くからそれを眺めていたクリプトンはその光景に「Madness!,Madness!(狂っている、狂気だ!)」と叫びます。そして映画は終わります。


この映画に出て来る人に、悪人は1人もいません。みんなが、自分の正義を通しただけです。斎藤大佐も、ウォーデン少佐もシアーズも、それぞれ自国の正義の為に任務をまっとうしただけです。ニコルスン大佐はやや複雑ですが、自分の信念に基づく正義を実行した事に違いはありません。なのに、ウォーデンを除いてみんな死んでしまい、後には虚しさだけが残る…、クリプトンの言葉通り、戦争とはまさに狂気なのだ、というリーン監督の訴えたいテーマを感じ、強い感銘を受けました。

原作はなんと!つい先日当ベスト150の141位で紹介した、「猿の惑星」のピエール・ブールなのですね。今回記事を書き始めて気がつきました。
ピエール・ブールはフランス人で、第二次大戦中、フランス領インドシナ(仏印。今のベトナム)のサイゴンでフランス軍に志願、タイやシンガポール等を転々とした後、イギリス軍の基地で勤務し、敵国日本に対抗するため、橋の爆破、反乱扇動等の任務に赴いていたそうです。その後仏印軍に捕えられ、収容所暮らしも経験しています。本作の原作は、その当時の経験を元に小説化したものです。

「猿の惑星」は、一部の解説記事では当時日本軍に捕まり収容所に拘束され、立場の逆転を味わった苦い経験を基に書かれた、とする物がありますが、実際は上記の通り日本軍ではなく仏印軍の誤りです。まあどっちもアジア人という点で大した違いはありませんが。

どちらの作品も、“人間の愚かさ、戦争の愚かさを強く訴えている”という共通点があります。そしてどちらも映画史に残る名作となりました。ブールはいい作品を残してくれましたね。


ところで本作の脚本ですが、公開当時は脚色:デイヴィッド・リーン、ピエール・ブールとなっていて、アカデミー賞でピエール・ブールが最優秀脚色賞を受賞しましたが、実際に脚本を書いたのはカール・フォアマン、マイケル・ウィルソンの二人です。当時二人は悪名高い赤狩りで共産党員とみなされてブラック・リストに載せられ、仕事が出来ない状況でしたが、変名やクレジットなしでいくつもの脚本を書いています。本作もその1本で、後にレストア版が作られた時にはめでたく二人の名前がクレジットに明記されました。この辺り、あのダルトン・トランボと似ていますね。

マイケル・ウィルソンはそれまでにも「陽のあたる場所」(1951)、「地の塩」(1954)等の秀作の脚本を書いており、赤狩り後は「友情ある説得」(1956。ウィリアム・ワイラー監督)や本作、やはりデヴィッド・リーン監督「アラビアのロレンス」等を書いていますが、いずれもクレジットに名前はありません。そして実名が使えるようになってからも「いそしぎ」(1965。ヴィンセント・ミネリ監督)」、そしてあの「猿の惑星」の脚本も書いています。素晴らしい秀作揃いですね。この人の名前は覚えておいて欲しいです。

そんなわけで、本作はとても心に残る、私にとって忘れられない名作となりました。デヴィッド・リーン監督の「アラビアのロレンス」、「ドクトル・ジバゴ」は、観た当時は凄い力作だと思いましたが、時間が経って今思い返すと、どんな映画だったかあまり印象に残っていないのですね(笑)。まあそんな事もあります。
(キネマ旬報1957年度ベストテン 第5位)

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