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2026年8月14日 (金)

「開戦前夜」

Kaisenzenya 2026年・日本   138分
製作:NHKエンタープライズ/RIKIプロジェクト
配給:東京テアトル
監督:石井裕也
原案:猪瀬直樹
脚本:石井裕也
撮影:浜田毅
編集:石井裕也
音楽:岩代太郎
エグゼクティブプロデューサー:菊池貞和、太田和宏、中村高志、竹内力

猪瀬直樹によるノンフィクション「昭和16年夏の敗戦」を原案に、かつて日本に実在した機関「総力戦研究所」の活動とと日米開戦への流れを描いた意欲作。監督・脚本・編集は「人はなぜラブレターを書くのか」の石井裕也。出演は「ぼくのお日さま」の池松壮亮、「十一人の賊軍」の仲野太賀、「死刑にいたる病」の岩田剛典、「国宝」の三浦貴大、「碁盤斬り」の國村隼、「影裏」の松田龍平、「ゴールド・ボーイ」の江口洋介、「春に散る」の佐藤浩市など実力派俳優が結集した。

(物語)1941(昭和16)年4月、真珠湾攻撃の8ヶ月前。官僚・軍・民間から選りすぐられた若きエリートたちが秘密裏に集められた。そこは内閣総理大臣の直轄機関「総力戦研究所」。彼らに与えられた任務は、“模擬内閣“を結成して日米が開戦した場合の戦局をシミュレーションし、近衛文麿総理大臣(北村有起哉)を中心とした“本物の内閣”に報告する事であった。4ヶ月後、宇治田洋一(池松壮亮)を始めとする若きトップエリートたちは、国家機密データを駆使した熾烈な議論の末、「日本必敗」という衝撃的な結論に辿り着く。この冷徹な“正解”を前に、彼らの理性は戦争を止めるべきだと叫ぶ。だが時代の空気は、そんな敗北の予測すらも飲み込んで行く…。

本作は、2025年8月にNHKテレビで放映された前後編二部作のドラマ「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」をベースに、約40分を追加して劇場映画として7月31日より公開された作品である。

テレビドラマは未見だが、監督がファンの石井裕也だし、評判もいいので観ようと思っていたが、なんと連日満員札止めの盛況である。なので早めに予約してようやく観る事が出来たが、やはり満席だった。すごい人気だ。一部シネコンでも上映しているが、ほとんどは早朝か夕方6時以降の1日1~2回上映だ。もっと劇場並びに上映回数を増やして欲しい。

(以下ネタバレあり)

主人公の宇治田洋一は産業組合中央金庫という金融機関で負債整理を担当している腕利きの金融マン。ある日政府機関の訪問を受け、総理大臣直轄の「総力戦研究所」に出向を命じられる。
冒頭の、宇治田が細かい数字を並べて負債状況を説明するシーンが、後の伏線になっているのがうまい。

猪瀬直樹によるノンフィクション小説「昭和16年夏の敗戦」をベースにしているが、「総力戦研究所」こそ実在した機関ではあるものの、宇治田をはじめ総力戦研究所のメンバーはすべて架空の名前であり、冒頭の字幕にもあるように、本作は原作を基にしたフィクションである。

集められた研究所メンバーは、政府官僚、軍人、新聞記者、民間人など、宇治田も含めほとんどが“東京帝国大学”出身の超エリートたちである。新聞記者の樺島(仲野太賀)は宇治田と親しくなる。

研究所を主導するのは陸軍の板倉少将(國村隼)と瀬古中佐(佐藤隆太)で、集められたメンバーで“模擬内閣”を作る事になり、宇治田は総理大臣に任命される。樺島は内閣書記官長兼情報局総裁、企画院物価局事務官の峯岸(三浦貴大)は企画院総裁、陸軍の高木少佐(中村蒼)は陸軍大臣、海軍の村井少佐(岩田剛典)海軍大臣にそれぞれ就任した。宇治田を除き、皆自分の職業に応じた人選だ。宇治田が総理大臣になったのは、東京帝大を主席で卒業しており、頭はキレると認められたからだろう。

“模擬内閣“の役目は、日本がアメリカとの戦争を行った場合を想定してシミュレーションし、8月末に予定されている近衛内閣への報告会までに開戦の可否について報告する事。

最初の頃こそ、宇治田はこのシミュレーションに乗り気ではなかったが、仲間たちと議論を重ね、さまざまな情報を取得して行くうち、次第に熱を帯びてこのシミュレーションに全力を注ぐようになる。
情報局総裁の樺島に無理を言って、国家機密レベルの情報までも収集して行くくだりは特に面白い。

そして、集まったデータを基に宇治田が得意の計算能力を駆使して、やがて「日本必敗」の結論を導き出して行くまでが、上質のディスカッション・ドラマを観ているような高揚感があり、石井監督の演出もテンポよくスリリングで引き込まれてしまう。

数字は正直である。現状でもアメリカとの軍事力の差は歴然なのに、年月が経過する毎に、その差はますます開いて行く。3年後には船もなくなり、物資の輸送すら困難になる。
当初は「日本は負けるはずがない」と日本必敗論に懐疑的だった模擬内閣の高木陸軍大臣、村井海軍大臣ら軍人たちですら、この数字を見て、「日本必敗」を認めるようになるのが面白い。

そして8月の報告会でこのシミュレーション結果を報告すると、上層部、特に東條英機陸軍大臣(佐藤浩市)は強い不満を漏らす。「数字の上で不利だから負けるとは限らない。日露戦争だって数字上では優位にあるロシアに勝ったではないか」と東條は力説する。
あるいは「日本には大和魂がある」という声さえ出て来る。「だけどアメリカにもヤンキー魂がある」には笑ってしまった。精神論だけで戦争は勝てない。

所長の板倉少将も同調し、威圧的な言動で「日本必敗」を認めようとはしない。こうして模擬内閣が出した結論は封じ込められ、宇治田たちの努力も虚しく、日本は日米開戦に突入して行くのである。

ちなみに、この予測数値は実際に太平洋戦争が始まった後の状況とほとんど一致していたと言うのも驚きである。唯一予想出来なかったのは、2発の原爆投下だったという。


なぜ勝てないと解っていた戦争に突入して行ったのか、いろいろな理由があるだろうが、当時の日本全体を覆う“空気”も大きな要因だろう。
明治維新以後、日本は日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦と戦争を勝ち続けていた。“日本は負けない”と軍部も、国民も信じていたのだろう。あるいは“神州不滅”という言葉があるように、“神の国、日本は滅びない”という意識が国民の間に無意識に広がっていたのだろう。新聞もまた勇ましい論調で書き立てる。こうしていつしか、誰もそんな空気に抗えない状況となってしまったのだろう。

Kaisenzenya2 なお東條陸軍大臣を演じた俳優、誰だか最後まで判らなかったが、エンドロールで佐藤浩市と知って驚いた(右)。言われなければ誰も気がつかないだろう。出演者の配役をかなり細かい所まで表示してくれているのは有難い。そんなエンドロールが日本映画では極めて少ないだけに、この点も評価したい。


石井裕也監督はこう語っている。「いい人と悪い人の意見がぶつかり合って、結果的にいい人が負けたという単純な話ではありません。忖度や自己保身、小さな無責任が重なり合って、結果的に誰も戦争を止められなくなった状況を見せる事が重要なテーマの一つです」。
そして「あの戦争に向かわせた社会の空気は、間違いなく現代にも存在します。大昔の出来事ではなく、今現在の問題、自分と強い関係のある物語として観て頂きたいな、と思っています」とコメントしている。

私はこの言葉に強くうたれた。“新しい戦前”という言葉さえ生まれ、軍事費は増強され、タカ派的な宰相に人気が集まる今の時代の空気は、確かにあの時代と似ている。
そんな今の時代に、この映画が登場した事は大いに意義がある。石井監督の力のこもった演出は実に見応えがあり、個人的には本年最高の映画ではないかと思う。

明日は終戦記念日である。このタイミングで公開されているのもいい事だ。是非多くの人に観ていただきたいと願う。  
(採点=★★★★★

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コメント

此の作品、観に行こうと思っているものの中々時間が作れず、今に到っています。ですが、此方のレヴューを拝見し、来週にでも観に行こうと思った次第。

東條英機役、ぱっと見では誰か判りませんでした。佐藤浩市氏ですか・・・普段の彼のイメージからすると、一寸考えられ無い配役の様にも思いますが、演技を観るのが楽しみです。

投稿: GIANTS55 | 2026年8月14日 (金) 20:31

 キレのある石井監督の演出は、見応えがありました。映像にはし難い、戦争へ向かっていく空気感のようなものが伝わってきます。ラスト近くには、時代のながれから逃げられなくなった東條の苦渋も、描かれるのが印象的です。

投稿: 自称歴史家 | 2026年8月16日 (日) 12:37

◆GIANTS55 さん
是非観に行ってください。本年を代表する1本になるかも知れません。でも、出来るだけ情報を仕入れずに御覧になる方がいいと思います。東條を演じた俳優、知って観るより知らないで観た方がより楽しめますから(笑)。


◆自称歴史家さん
東條陸軍大臣を単なる悪人にせず、天皇との板挟みで彼なりに苦悩するシーンも描かれていたのは良かったと思います。

満席の劇場が続出で、上映劇場がどんどん増えているようですね。8月21日の4週目に新たに44館!も上映館が増えるようです。
こういう地味な内容の作品がヒットするのはとてもいい事ですね。是非息の長い上映を続けて、ちょっと早いけど本年度の各映画賞ベストワンを狙って欲しいですね。「急に具合が悪くなる」が外国映画扱いになるようなので、可能性は大いにあると思います。

投稿: Kei(管理人 ) | 2026年8月17日 (月) 16:52

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