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2026年8月24日 (月)

世界名作映画 第138位 「バルカン超特急」

The-lady-vanishes 1938年・イギリス   96分
日本公開:1976年
製作:ゲインズボロウ・ピクチャーズ= ゴーモン・ブリティッシュ
配給:インターナショナル・プロモーション
原題:The Lady Vanishes
監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作:エセル・リナ・ホワイト
脚本:シドニー・ギリアット、フランク・ローンダー
撮影:ジャック・コックス
音楽:ルイス・レヴィ
製作:エドワード・ブラック

アルフレッド・ヒッチコック監督作、2作目の登場です。

本作は1938年の製作ですが、日本では長年未公開でした。その後1976年になって、水野晴郎さん主宰のインターナショナル・プロモーション(I.P)の配給により、やっと日本初公開となりました。私はその時にロードショー館で観ました。

I.Pは他にも「第3逃亡者」、「逃走迷路」、「海外特派員」などの日本未公開のヒッチコック作品を次々と輸入、公開しており、水野さんの尽力には感謝したいです。

本作は、ヒッチコック監督のイギリス時代の最後から2番目の作品で、この後「岩窟の野獣」(1939)を撮って、以後アメリカに渡ります。

いかにもイギリス映画らしい、サスペンスの中にユーモラスなシーンが沢山あって楽しめ、個人的に好きな作品です。

脚本は後に「絶壁の彼方に」(1950)という傑作の脚本・監督を担当したシドニー・ギリアットと、コンビで脚本を書く事が多いフランク・ローンダーとの共作です。

舞台は、バルカンの避暑地、バンドリカという架空の国です。ギリアット、ローンダーのコンビはこの映画の為にわざわざ“バンドリカ語”という架空の言語を作りました。実は前述の「絶壁の彼方に」でもこのコンビは「ヴォスニア国」なる架空の国を舞台に、ヴォスニア語という言語を創作しています。手間のかかる事をやってますね。

(以下ネタバレあり)

クレジット・タイトルが終わると、雪山のてっぺん近くにいたカメラがゆっくり降りて行きます。列車の線路が雪崩で埋まっているのが見え、右に移動しながらカメラは地上すれすれまで降りて、小さなホテルの正面に近づくまでをワンカットで撮影しています。よく見ればミニチュアだという事が判ります。ヘリコプターじゃあんなワンカット移動は無理ですね。予算の関係でこのシーンも含め、撮影はほとんどイギリスの撮影所内にセットを組んで行なわれたそうです。

ホテルでは、雪崩で列車が翌日朝まで動かないとアナウンスがあり、乗客はみんなホテルに一泊する事となって混雑しています。
宿泊客は、結婚の為にロンドンに行くアイリス(マーガレット・ロックウッド)、家庭教師だという年配の貴婦人フロイ(メイ・ウィッティ)、弁護士のトッドハンター夫妻、実は相方の女性は妻ではなく愛人で不倫の仲、等です。

遅れてホテルにやって来たのがイギリス人でクリケット狂のカルディコット(ノーントン・ウェイン)とチャータース(ベイジル・ラドフォード)。ホテルに泊まろうとしたら部屋がなく、メイド部屋をあてがわれたり、レストランでも食べるものが足りず、フロイからチーズを分けてもらったりと散々な目に。この二人はその後もクリケットの試合に間に合うように帰れるかやきもきしてます。笑えるのが、ある宿泊客がロンドンに長距離電話を頼みますが、ロンドンと聞いてチャータースは支配人が客を呼びに行ってる隙に電話を取って、クリケット試合の様子を聞こうとしますが、答えてくれないので腹を立てて電話を切ってしまいます。他人の電話を無断借用したばかりか勝手に切るとは、何とも困った人たちですね。以後もこのコンビは何かとお騒がせをやらかします。

アイリスがホテルで寝ようとすると、上階の客、ギルバート(マイケル・レッドグレーヴ)がクラリネット演奏と民族舞踊の踊りを始めたのでアイリスは騒がしくて寝られず、支配人に静かにするようにと頼みますが、ギルバートは民族舞踊を研究する大事な作業中と譲らず、これが元でアイリスとギルバートはいがみ合う仲となります。
その頃ミス・フロイの部屋の窓の下ではギター弾きがギターに合わせ歌っていましたが、ギター弾きは突然何者かに殺され、不穏な空気が漂い始めます。

翌日、列車は動く事となり、乗客はそれぞれ列車に乗り込みますが、アイリスはフロイが眼鏡を落としたので届けようとフロイに近づくと、2階から誰かが植木鉢を落とし、アイリスの頭に当ります。おそらくフロイを狙ったのが外れたのでしょう。ミス・フロイには何か秘密がありそうです。

アイリスはフロイの付き添いでなんとか列車に乗れたものの、頭を打った事で時たまふらつき、めまいを起こしたります。
アイリスとフロイは同室となり、親しくなった二人は食堂でお茶を飲み、アイリスが彼女の名前を聞いた時に列車の騒音で聞き取れなかったので、フロイは窓ガラスに指でFROYと書くのですが、これが後で生きて来ます。

しばらく眠ったアイリスが目を覚ますと、フロイがいません。同室の乗客に訊くと、皆、そんな女性はいなかったと答えます。アイリスは列車の中を探しますが、どこにも彼女はいないし、誰に訊いても彼女を見たと言う人はいません。食堂で話しかけたクリケット狂の二人や、食堂から戻る途中に出会ったトッドハンター夫妻ですらも、全員がミス・フロイを見てはいないと答えます。同乗のハーツ医師(ポール・ルーカス)からは、「頭を打った後遺症で幻覚を見たのだろう」と決めつけられます。アイリスもとうとう、ミス・フロイは自分の幻覚だったのではと思い悩みます。

さて、ミス・フロイは何処に消えたのか、何故誰も彼女を見ていないと言うのか、それともアイリスの幻覚か、という最大のミステリーをはらんで物語は進みます。これはゾクゾクしますね。

そんな落ち込んでいるアイリスは列車内で、あの夜中に騒いでいたギルバートと再会します。最初はギスギスしていた二人ですが、ミス・フロイが消えた事をアイリスがギルバートに話すと、ギルバートは興味を示して一緒に探してくれます。孤立無援だったアイリスにはまさに地獄に仏です。一緒に行動するうちに、二人の仲は急速に縮まって行きます。これはよくあるスクリューボール・コメディの味わいですね。

途中の停車駅で、アイリスたちはフロイらしき人物が下車しないか手分けして見張りますが、誰も降りず、代わりに看護婦を伴った、全身包帯の病人が運び込まれます。この病人はハーツ医師の患者のようです。

探し疲れたアイリスとギルバートは食堂車に行きますが、その席はアイリスがミス・フロイと座った席。そして車内の蒸気で、フロイが窓に書いたFROYの文字が浮かび上がります。これは観客の方からははっきり見えるのですが、アイリスは気付かないのでこっちはやきもきします。ようやくその文字を見つけたアイリスは、ミス・フロイは幻覚ではなく実在すると確信します。

ここから形勢逆転、勇気づいたアイリスとギルバートはさらに列車内を捜索、貨物室でフロイの眼鏡を見つけ、その邪魔をしようとした同室の魔術師ドッポと取っ組み合いとなります。この取っ組み合いシーンがコミカルで笑いを誘います。後にドッポは金で買収されて、フロイはいなかったと証言した事も判明します。

また、トッドハンター弁護士の愛人から、もしミス・フロイを見たと証言し、目撃者として新聞に名前が載れば浮気がバレるのではと恐れたトッドハンター氏が、見ていない事にしたのだと聞かされたり、クリケット狂の二人も、見たと言ったらアイリスが列車を止めたり、警察が乗り込んだりすると、汽車が遅れてロンドンでのクリケットの試合に間に合わなくなる事を心配して黙っていた事も後に判明します。まあこの辺はちょっとご都合主義で脚本の苦しい所ですが。

そして全身包帯の患者がいる部屋で、付き添いのシスターがハイヒールを履いているのを不審に思い、二人は部屋に侵入して患者の包帯を取ると、その下からミス・フロイの顔が現れます。遂に謎が解けます。

The-lady-vanishes4

実はミス・フロイはイギリスのスパイで、秘密の暗号を持って国に帰る途中でしたが、それを嗅ぎつけたバンドリカ国のスパイ、ハーツ医師が、列車の車掌、一部の乗客を買収して、この大がかりなミス・フロイ拉致計画を立てた事が明らかになります。

終盤は列車で逃げようとするアイリス、フロイたちを食い止めようと、バンドリカ国の秘密警察は列車を本線から外れた山中の支線に送り込んで停止させ、銃を向けて来ます。まさかと思って外に出ようとしたチャータースも腕を撃たれ、乗客で銃を持っている者も撃ち返して激しい銃撃戦となります。トッドハンター弁護士は、白旗を出して降参の意思を見せれば大丈夫とハンカチを持って外に出ますが射殺されます。一番身勝手な人物でしたから、自業自得という事でしょうかね。

どうやってこんななりふり構わぬ独裁国家から脱出するか、というサスペンスは、後のギリアット脚本の「絶壁の彼方に」でも描かれてましたね。

さて、この様子を見たフロイはギルバートたちに、自分はイギリスのスパイで、万一の為にと暗号のメロディをギルバートに教え、それをイギリス外務省に伝えて欲しいと依頼して、列車から降りで逃げますが、敵に撃たれたように見えるシーンがあり、ハラハラさせます。

ギルバートはこの窮地を脱出する策として、列車の運転士を脅して逃げる事にします。うまく行って列車は元来た方に走り出しますが運転士は撃たれて転落してしまい、ギルバートは見よう見真似で列車を運転し、なんとか本線に戻って脱出に成功、列車はそのまま連絡船経由で、無事イギリスに到着します。
まあちょっと都合が良すぎますね。素人がいきなり列車運転は無理でしょう。せめて乗客に列車の元運転士がいて運転を引き受けた、くらいにすべきでしたね。

The-lady-vanishes2ロンドンについて、クリケット狂の二人は、これで試合に間に合ったと喜んだら、“試合中止”の広告を見てガッカリする所も笑えます。
なおこの駅のシーンで、ヒッチコックが通行人としてお馴染みのカメオ出演しています(右)。

アイリスは、駅で婚約者が待っているはずなのに、その姿を見るや、ギルバートと共にタクシーに滑り込み、二人は熱いキスを交わします。生死を共にした二人は、強い絆で結ばれたという事ですね。
そのまま二人はイギリス外務省に着きますが、ギルバートが鳴らす口笛はウェディング・マーチ(笑)、フロイに教わった暗号のメロディを忘れてしまいます。ところが部屋の中から、なんとそのメロディが聴こえて来ます。部屋に入った二人が見たのは・・・。結末はご想像の通り。感動のハッピーエンドとなります。


まあ強引と言うか無茶なシーンもありますが、ヒッチコック流のサスペンス演出に、イギリスらしいユーモアも織り交ぜて、最後までハラハラドキドキの楽しめる作品になっています。
何より、スパイが暗躍する緊迫したお話なのに、どこかトボけた味わいがあり、次々人が死ぬのに陰惨な感じを受けないのは、緩急自在のヒッチコック演出のうまさによる所が大きいと思います。クリケット狂の二人の存在が、絶妙のスパイスになっていますね。

作られたのが1938年という事で、戦雲がヨーロッパを覆い始めた時期です。実際ドイツはこの翌年ポーランドに侵攻し、第二次大戦の発端となります。独裁国バンドリカ国はその意味で、ドイツに対する当てつけのようにも思えます。

まさにヒッチコックの名人芸を楽しむ、古典的名作と言えるでしょう。
(キネマ旬報1976年度ベストテン 22位)

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