世界名作映画 第140位 「アパートの鍵貸します」
主人公のジャック・レモン扮する、C.C.バクスター、通称バドは、ニューヨークの大手保険会社に勤務する平社員です。レモンのナレーションで、本社の従業員は3万1,259人と説明があります。そのビルの19階、保険料計算課が彼の仕事場です。
この19階のオフィスがもの凄くだたっ広い。遥か奥の方までズラッと机が並んでいて、ビルの外観よりもずっと面積が広そう(笑)。
資料によると、これはセットで、遠近感を出す為に奥の方に行くほど机などを小さく作っていて、奥で働く社員は子供が演じているそうです。なんとまあ凝ってること。
就業時間が終わっても、バクスターだけ残って残業してますが、これには理由があって、4人の上役に交代で自分のアパートの部屋を女性との密会の為に貸しており、上役がコトを終えて帰るまで自分の部屋に入れないからです。部屋の鍵は会社で上役に渡し、上役はそれを使ってバクスターの部屋に入るのです。勝手知ったる他人の部屋。出て行く時には鍵は入口のマットの下に隠す約束です。
部屋を返す約束の時間が来てもなかなか出て来ず、アパートの階段下でヨレヨレのコートで寒さに耐えながら待っているバクスターの姿がなんとも侘しく切ないです。
ようやく部屋に戻ったら、食べ残しやら酒瓶類はそのまま。跡片付けにも追われ、表に出した酒の空き瓶の山を隣の医師ドレイファス(ジャック・クラッシェン)に見られ、「酒の飲み過ぎだ」と呆れられます。
やっとベッドに入って寝ようとしたら、夜の11時頃に突然電話、総務課長が今から部屋を貸して欲しいと言う。寝てる所だと断ろうとしますが、「モンロー級の女」を見つけたからどうしても部屋を貸せと 昇進をちらつかせながらゴリ押しして来るので、仕方なくまた外に出るバクスター。
前作でマリリン・モンローが出演してたので、この楽屋落ちには笑えます。金髪以外どこも似ていないのにね(笑)。
公園のベンチで時間を過ごし、やっと上司が帰ったと思ったらマットの下の鍵が合わない。間違えて別の鍵を置いたようです。仕方なく一晩公園で過ごし、明け方に家主に頼んで開けてもらいます。おかげでバクスターはすっかり風邪を引いてしまったりと、もう踏んだり蹴ったりです。
こんな具合に、しがないサラリーマン、バクスターの、出世の為とは言え情けなくも涙ぐましい奮闘ぶりがコミカルに描かれます。
一部の映画紹介記事では、バクスターが出世欲に燃える青年と言った風に書かれていますが、映画を観る限りではバクスターは気が弱くて頼まれたら断り切れない性格で、1人に頼まれた事から上役間で情報が広がり、人数が増えてしまったので弱っている風にも見えます。断ったら昇進にも響くと上役から脅されているのかも知れません。
この気弱で運の悪いサラリーマン役をジャック・レモンが絶妙に演じています。
バクスターは、保険会社のエレベーター・ガール、フラン・キューベリック(シャーリー・マクレーン)に密かに恋心を抱いております。が、気弱な性格が災いしてはっきりと打ち明けられません。
なお彼女の苗字はWikipediaなどでは“キューブリック”になっていますが、スペルは" Kubelik"なのでキューベリックが正しいと思います。キューブリックは「2001年-」の監督の方です(笑)。
ある時、会社の重役で人事部長のジェフ・シェルドレイク(フレッド・マクマレイ)に呼び出され、「噂は聞いている。私にも部屋を貸して欲しい」と要求されます。これで5人目です。会社の重役とあらば仕方ありません。バクスターは鍵を部長に渡します。
ところが、シェルドレイク部長の浮気の相手はなんとフランだったのです。バクスターはそれを知りません。
シェルドレイクに部屋を貸した翌日、バクスターは「忘れ物があった」と言ってガラスがひび割れたコンパクトを部長に渡します。これは無論フランのもの。二人の間で何があったのか、観客は容易に想像がつきます。このコンパクトをはじめ、小道具が実にうまく使われています。脚本が見事ですね。
シェルドレイクの計らいでバクスターは出世し、個室の事務室に引っ越す事となります。大出世に有頂天となるバクスター。シェルドレイクは「鍵の受け渡しは面倒だ。合い鍵を作っておくように」とバクスターに要求します。
クリスマス・イヴの会社でのパーティで、フランはシェルドレイクの秘書・オルセン(イーディー・アダムス)から、自分も部長の愛人だった、貴方の前にも何人もの愛人がいたと聞かされて落ち込みます。
同じパーティでフランと会ったバクスターは、彼女があの割れたコンパクトを持っているのを見て、フランがシェルドレイクの愛人であると気付きショックを受けます。
パーティが引けてから、バクスターの部屋で過ごすシェルドレイクとフランですが、「妻とは必ず離婚する」と言いながらなかなか約束を果たしてくれないシェルドレイクに、フランは苛立ちをぶつけます。秘書のオルセンから聞いた話も伝えます。そして家族とクリスマスを過ごす為に、フランには100ドル札だけ渡して先に帰ってしまうシェルドレイクの姿に絶望した彼女は、バクスターの家の洗面所で見つけた睡眠薬を大量に飲んでしまいます。
後刻、自宅に帰って来て、寝室で昏睡しているフランを見つけたバクスターは、慌てて隣のドレイファス医師に助けを求め、胃洗浄や注射で辛うじてフランは命を取り留めます。「もう少し遅かったら危ない所だった」と言うドレイファス。
なんともドロドロしたお話ですね。こういう話、映画やテレビでもよくありますが、普通なら陰隠滅滅とした暗い話になる所ですが、随所に挟み込まれる笑いネタに、ワイルダーの粋な演出とジャック・レモンの軽妙な演技とも相まって暗くならず、ほのぼのとした味わいが醸し出されているのが素晴らしいですね。
なおバクスターが女と遊んでばかりいると誤解したドレイファス医師はバクスターに「目を覚ませ。人間になれ」とアドバイスしますが、これも後の伏線になってます。
フランの体が回復するまで、自分のベッドに寝させ、甲斐甲斐しく世話をするバクスター。その姿にフランの心は次第にバクスターに傾いて行きます。
彼女を元気づける為にバクスターはトランプ遊びを一緒にやります。フランは今一つ乗り気ではないのですが、これがラストシーンの伏線になっています。また会話の中でバクスターは、昔拳銃を持っていたが間違って自分の足を撃った事があると言って足の傷を見せるシーンがあるのですが、これも伏線になってます。本当に伏線の張り方が絶妙ですね。
夕方、また人事課長がバクスターの部屋を借りに来ますが、ベッドで寝ているフランの姿を見た課長は早合点し、「しっかりやれ」と声をかけて出て行くシーンも笑えます。
翌日、その人事課長は会社で総務課長と「二人とも無断欠勤、『失われた週末』だ」と話し合ってます。これ、ワイルダーの有名な監督作品の題名です。楽屋落ち連発ですね。
シェルドレイク部長は、フランに愛人の話を漏らしたオルセン秘書をクビにしますが、オルセンは腹いせにシェルドレイク夫人と会い、部長の浮気をバラしてしまいます。そのせいでシェルドレイクは妻から離婚を切り出されてしまいますが、これ幸いとシェルドレイクはフランに「妻とは離婚した。これで君と一緒になれる」と口説きます。心揺れるフラン。
大晦日、シェルドレイクはまたもバクスターに、鍵を貸せと言います。無論、フランと新年を過ごす為。
バクスターはこれで遂に目覚めます。人間として。もうこんな恥知らずの部長の下で働くのは御免だと、会社を辞める決心をします。
その晩、バーでフランと落ち合ったシェルドレイクは彼女に、「バクスターが会社を辞めた」と伝えます。
それを聞いたフランはここで初めて、自分が愛していたのはバクスターだと気づきます。シェルドレイクが目を離した隙に彼女は一目散にバクスターの家に向かいます。
一方バクスターは引っ越しの荷造りをしていますが、そこで昔の拳銃を取り出すシーンがあります。一瞬ヒヤリとさせます。
バクスターのアパートに着いたフランは階段を駆け上がりますが、その時バーンという銃声のような音が。フランも、観客でさえもまさか拳銃自殺を、と思ってしまします。
が、実はジャンパンの栓を開けた音だと判って、フランも我々もホッとします。こういういたずらもワイルダー監督なら許せます、
バクスターははっきりとフランに「君を愛してる」と伝えるのですが、フランは「分かってる」とばかりに勢いよくトランプ札を切って、バクスターに「黙ってトランプ配って」と言うのです。
まさにこれこそハッピー・エンド。昔の映画ですから The End のマークが出て、エンドロールもなく映画は終わります。
ビリー・ワイルダーの、上品洒脱な演出に酔わされる名作ですね。終わり方も実に粋です。名人芸と言っていいでしょう。最近こうした、“粋な演出”を見せる映画がほとんど無くなりましたね。だからワイルダー作品は貴重です。
笑えるだけでなく、会社勤めのサラリーマンの悲哀、企業のトップの非人間性、出世第一主義への疑問、女性を物のように扱い、いらなくなったら捨てる男女格差、等に対する痛烈な批判が込められた、社会風刺喜劇としても一級品の出来です。
出演者では、ドレイファス医師役を演じたジャック・クラッシェンがなかなかいい味を出してます。助演賞ものの名演です。
本作は第33回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚本賞、白黒美術賞、編集賞の5部門で受賞、第18回ゴールデン・グローブ賞でもミュージカル・コメディ部門の作品賞、主演男優賞、主演女優賞を受賞するなど、高く評価されました。
これほどの傑作なのに、1960年度キネマ旬報ベストテンでは17位、1995年発行のキネ旬世界映画オールタイム・ベストテンでは109位という低評価なのですね。残念です。ともあれ、ビリー・ワイルダー監督の代表作として、映画ファンなら観ておくべき傑作です。
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