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2026年9月 2日 (水)

「時には懺悔を」

Tokinihazangewo 2026年・日本   128分
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:中島哲也
原作:打海文三
脚本:中島哲也、門間宣裕
撮影:穐山茂樹
音楽:香田悠真
企画:石田雄治
製作:石井紹良、門屋大輔、鶴丸智康

打海文三の同名ミステリー小説の映画化。監督は「来る」以来8年ぶりとなる「告白」「渇き。」の中島哲也。出演は「ドライブ・マイ・カー」の西島秀俊、「ラストマイル」の満島ひかり、「せかいのおきく」の黒木華、「爆弾」の佐藤二朗、「こんにちは、母さん」の宮藤官九郎。その他柴咲コウ、塚本晋也、片岡鶴太郎、役所広司など実力派俳優が結集した。

(物語)嫌われ者の探偵・米本(佐藤二朗)が殺される事件が起きる。この事件を調査する事になったのは、米本の元同僚で一匹狼の探偵佐竹(西島秀俊)と、探偵修行中の助手聡子(満島ひかり)のコンビ。調査を進めるうち、二人は米本が死の間際に調査していた、9年前に起きた新生児誘拐事件にたどり着く。誘拐されたのは重い障がいのある少年・新で、今は明野(宮藤官九郎)という男と二人で暮らしていた。“生きているのが奇跡”と言われたその一つの小さな命が、逃げ場のない現実にもがき苦しむ大人たちの心を動かして行く…。

中島哲也監督は、実質的なメジャー・デビュー作「下妻物語」(2004)がとても面白く、その次の「嫌われ松子の一生」(2006)も好きな作品である。
だがその後は今一つ心に触れる作品はなく、評判の良かった「告白」も私には合わなかった。最近の「渇き。」「来る」に至っては、何とも困った凡作である。

そして「来る」から8年ぶりとなる監督作が本作である。さて、どんなものかと不安半分で劇場に赴いたのだが…。

なんと、見事な秀作である。重い社会派的テーマを持つ作品ではあるが、優れた人間ドラマにもなっている。中島監督は構想に18年をかけたそうだが、その成果は十分に感じられる問題作にして力作である。

(以下ネタバレあり)

殺人事件が起きる。殺されたのは、“死んだほうがマシな人間”と呼ばれていた探偵・米本である。彼の所属する探偵事務所の所長・寺西(役所広司)は、米本の元同僚で一匹狼の佐竹三雄に調査を依頼する。その相棒というか助手となったのは、探偵修行中で夜はアルバイトで生計を立てている中野聡子。

佐竹はぶっきらぼうで、挨拶する聡子を無視して動き出たりするので、聡子は最初のうちは彼に反感を持つ。
実は佐竹は、障がいのあった息子を数年前に亡くしている。妻(柴咲コウ)とも折り合いが悪く、不器用な性格で、酒に逃げている。
聡子もどこか心に闇を抱えているようだ。

脇の人物も面白い。探偵事務所のベテラン、船尾(片岡鶴太郎)は持ち前の調査能力で、影で佐竹たちを助けてくれる。また刑事・花村(塚本晋也)も佐竹の理解者で、事件を追いながら職務と私情の間で心が揺れ動いているようだ。

撮影は手持ちカメラで常に揺れ動き、フラッシュバック的回想が頻発するので最初のうちはとっつき難いが、慣れて来ると気にならなくなるし、そうした演出を通して、登場人物それぞれの過去、人間性が徐々に判明して来る仕組みとなっているのは悪くない。

調査が進むうちに、佐竹たちは9年前に起こった新生児誘拐事件に辿り着く。尋津民恵(黒木華)の子供が、彼女が病院で目を離した隙にさらわれたのだ。その子は、医者に「生きているだけで奇跡」と言われるほどの重度の障がいを持っていた。民恵はそんな息子がいなくなって、子を思う気持ちと、いなくなればいいという気持ちの間で心が揺れ動いている。

その子供は、質素なアパートに住む明野哲夫(宮藤官九郎)という男が育てていた。新という名前をつけて。誘拐したのも明野だった。佐竹は船尾に頼んで明野の家に盗聴器を仕掛けてもらい、明野の動きを監視する。

何故誘拐犯である明野は、そんな重度の障がいを持つ新を9年間も育て続けていたのか。それも物語が進むうちに明らかになって行く。
明野は種無しで、子供が欲しいと言う妻の願いを叶える為に、障がい児と知らずに民恵の子供を誘拐した。最初は困惑するが、妻の昌美(烏森まど)はそんな子供でも育てようとする。育児ノートもこまめに書き込んで行く。だが昌美は事故で死んでしまい、残された明野は妻の育児ノートを読んで、自分が妻の分まで新を育てようと決心したのだ。

感動的なシーンがある。明野が新を障がい児ばかり入院している病院に連れて行くシーンがあるのだが、子供たちは新に励ましの言葉をかけ、新が明るく笑顔を返す。それを見て明野は、励まされているのは新だけでない、懸命に生きる新の姿に、周りの人たちも心を打たれているのだと語る。
ここで私は泣いてしまった。
重い障がいを抱えていても、それでもその人たちは懸命に生きている、生きる権利があるのである。

石井裕也監督の「月」でも描かれた、神奈川県相模原市のやまゆり園で起きた障がい者殺人事件では、「言葉を発せられない障がい者は生きている値打ちがない」と確信する犯人に多くの障がい者が殺されるのだが、あの犯人に言わせれば、新も生きる値打ちがないと言う事になる。そんな事は絶対にないと、この映画は強く訴えている。

そうした明野の真摯な子育ての様子を監視するうちに、聡子は明野に親近感を抱いて行く。もし明野が逮捕されれば、新はどうなるのか、新を救うためにはどうすれば良いのか。聡子は佐竹に逆らい、探偵と言う職務を忘れて新を守るべく、自分なりの行動を起こして行く。

聡子は、新の本当の親である民恵に、新が明野に育てられていた事を伝え、新を引き取るよう訴えるが、民恵は拒絶する。多分子供がいなくなって、ホッとした気持ちもあったのだろう。

そこで聡子は、明野の持っていた新の育児ノートを借りて来て民恵に見せる。手書きでびっしり書き込まれた何ページにもまたがる育児ノートには、私が見ても心揺さぶられた。それを読むうちに、民恵もやっと心を動かし、新を受け入れる決心をする。ここも感動的だ。

米本を殺した犯人も判明する。なんと米本の息子だった。だが米本は自分を刺した息子に、血の付いたシャツを着替えて逃げろと言い、瀕死の体で息子の指紋を拭き取り、息子をかばって死んで行く。
このエピソードはちょっとやり過ぎな気もするが、“死んだ方がマシ”と言われていた最低人間にも、我が子を守ろうとする、親としての心を持っていたという事を強調したかったのだろう。


重い物語である。もし重度の障がいを持つ子供が生まれたら、親はどうすればよいのか。自分の身に起きれば、あなたはどうするのか。考えさせられるテーマである。

この映画は、登場人物誰もがそれぞれに親子、家族としての悩み、葛藤を抱えている。聡子ですら、別居中の娘から憎まれており、孤独を抱えて生きている。
そんな人々と比べたら、明野と新の擬似親子関係だけが一番ほのぼのと心温まるというのは実に皮肉である。

原作者の打海氏は、実際に重度障がいの子どもを育てていた経験がある。何度も子育てについて悩んだそうだ。それ故障がい児を育てる親の苦悩には十分なリアリティがある。現実の重みが、作品を奥深い物にしている。

新役を演じた子供(しんすけ)も、病院にいる重度障がいの子供たちも、本当の障がい児だそうである。リアリティがあるのも当然である。出演を承諾した親御さんたちの勇気にも敬意を表したい。

俳優では、明野を演じた宮藤官九郎が素晴らしい。本年度の助演賞ものだろう。他の役者もみんな熱演だった。

殺人事件を追うミステリーと思わせて、実は優れた人間ドラマであり、障がいを負って生きる子供たちという重いテーマを持ちながら、最後には心が温まり、感動を呼ぶ作品になっているのが見事である。構想に18年もかけた中島監督の思いがほとばしる、本年を代表する見事な秀作である。
暫定ながら私の本年度ベストワンである。お奨め。  
(採点=★★★★★)

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コメント

クドカン、きっと今年の助演賞総なめではないでしょうか。一推しの満島ひかりがラストマイルに続いて快演とか考えながら見てたのですが、後半はクドカン(と奥さん役の方)と新君に気持ちを持っていかれました。個人的には奥さんが亡くなる直前の商店街を歩くシーン。思わず嬉し涙が流れたのに………。私もベストワン押しですが、この映画を傑作と言うにはスペシャルニーズの人たちへの向き合い方も見つめ直さなければいけない気がして複雑です。

投稿: オサムシ | 2026年9月 4日 (金) 19:29

 登場人物たちが、いろいろいろなものを抱えていて、考えさせられる映画です。そんな中、明野と新の擬似親子を見ているとほっとしますね。新に、どんどん感情移入していく聡子の気持ちがよく分かります。クドカンをはじめ役者が素晴らしく、原作に劣らない傑作だと思います。

投稿: 自称歴史家 | 2026年9月 5日 (土) 19:48

◆オサムシさん
満島ひかりも良かったですね。後半は西島秀俊のお株を奪って大活躍でしたね。
>スペシャルニーズの人たちへの向き合い方も見つめ直さなければいけない気がして複雑です…
私もそう思いました。身近にそういう人たちがいないからあまり意識して来ませんでしたが、これからは考えを改めなければと、反省した次第です。そう思わせるのも、本作が見事な傑作だったからでしょうね。

◆自称歴史家さん
本作が素晴らしいのは、新を演じた(演じたという言葉は当たりませんが)しんすけくんの圧倒的存在感ですね。
来年の日本アカデミー賞で、本作に出演したスペシャルニーズの子供たちに特別賞を授与してくれたら、日アカをちょっとは見直してあげます。

投稿: Kei(管理人 ) | 2026年9月 6日 (日) 17:28

ご無沙汰してます。

いま学校に通っていて、テストで忙しくシルバーウィークは観逃し映画観て過ごします。

この映画も素晴らしいですが、ひけをとらないくらい素晴らしい全然違うタイプの映画が「平行と垂直」です。

未見なら絶対観たほうがよいです。

投稿: タニプロ | 2026年9月19日 (土) 22:41

塚本晋也最新作「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」は必見!

今年の日本映画現時点で1位です。

外国映画は「急に具合が悪くなる」です。たぶんキネマ旬報では外国映画扱い。

投稿: タニプロ | 2026年9月24日 (木) 00:16

◆タニプロさん
お久しぶりですね。
実は最近、いろいろと体の調子が悪くて、病院通いをしています。なので映画を観る本数も減っており、重要な作品を多く見逃しています。「平行と垂直」も観たかったのに、上映している劇場が少なくて見逃したままです。「急に具合が悪くなる」も時間が合わず観ていません。
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」はなんとか都合をつけて観る事が出来ました。仰る通り傑作でした。近々批評を書きます。お楽しみに。

投稿: Kei(管理人 ) | 2026年9月26日 (土) 14:26

「ネルソンさん」を観れればそれで良しです!

これこそが今年最高の映画だと思ってます!

私は今日、「白鳥とコウモリ」を観ました。タイトルの意味がわからなかったんですが、俳優を生かしたなかなかの佳作です。

お大事になさってください。

投稿: タニプロ | 2026年9月27日 (日) 04:58

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