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2026年9月 5日 (土)

世界名作映画 第136位 「愛と希望の街」

Aitokibounomachi 1959年・日本   62分
製作:松竹大船撮影所
配給:松竹
監督:大島渚
脚本:大島渚
撮影:楠田浩之
音楽:真鍋理一郎
監督助手:田村孟
製作:池田富雄

松竹ヌーベルバーグの旗手と呼ばれ、後に世界的な鬼才監督となった大島渚監督の、27歳の時に撮った監督デビュー作です。

大島監督の作品はほとんど観ていますし、監督としては高く評価していますが、何度も観たくなるような作品というと、あまりないのですね。

そんな中で、この作品は最初観た時に強い感銘を受け、心に残りました。傑作だと思いました。個人的には、とても大好きで愛着のある作品です。


本作は上映時間が62分と短いですが、当時の松竹は新人監督のデビュー作は、シスター・ピクチャーと呼ばれる1時間程度の中編でというのが慣例になっていました。山田洋次監督のデビュー作「二階の他人」もそういうわけで、56分の中編でした。それでも62分とは思えないほど中味の濃い作品になっています。

大島渚監督のオリジナル・シナリオで、タイトルは当初「鳩を売る少年」でしたが、松竹幹部から「題名が暗くて地味」だと指摘され、大島監督は妥協案として「愛と悲しみの街」を提案しましたが、公開時には本人の知らないうちに「愛と希望の街」へと変更されていたそうです。まあ「愛と悲しみ-」も今では安易なメロドラマの題名になってますが(笑)。


舞台はある臨海工業地帯の近くの街。大きなガスタンクが並んでいます。

駅前では靴磨きの女性たちが働いていますが、その中に混じって学生服の1人の少年・正夫(藤川弘志)が一つがいの鳩を売っています。そこに通りかかった身なりのいい高校2年生の少女・京子(富永ユキ)が、自分の弟の病気見舞いにと鳩を買います。代金は700円。「なんで鳩売るの?」と訊く京子に正夫は「家族の為にお金がいるんです」と答えます。気の毒に思った京子はお釣りの300円を「いいわそれ」と受け取らないのですが、正夫は無理やりお釣りを鳩のケースにねじ込みます。京子が去った後、靴磨きのおばさんは「取っときゃいいのに」と言います。正夫はその足で、貰ったお金を握って卵や野菜を買って帰ります。
これだけのシーンで。登場人物の性格を見事描き分けています。正夫は真面目で、貧しい家を支える為に懸命に頑張っています。京子はそんな貧乏な少年を、なんとか助けてあげたいと考えています。

正夫の家は、川べりにあるバラックと言うか掘っ建て小屋のような貧しい家です。彼にはやや知恵遅れの妹・保江(伊藤道子)がいて鳩をとても可愛がっており、鳩がいなくなって寂しがっています。

Aitokibounomachi3

母のくに子(望月優子)は、いつもは駅前で靴磨きの商売をやっていますが、病気で寝込んでしまい働けないので、正夫が思い余って鳩を売って生活費の足しにしているのです。
鳩には帰巣本能があり、逃げると飼い主の家に戻って来るので、それを利用して何度も鳩を売っているのです。その事は母も知っています。「逃がす方が悪いんだよ」とも言います。ですが正夫は今度が4回目で、そろそろ止めたいと思っています。

くに子は、正夫を高校にだけは入れさせたいと願っています。中卒で小さな町工場で働く事になれば一生この街から出られないから。でも正夫が高校へ進学すれば生活保護が打ち切られます。その為にも何としても自分が働かねばと思っているのですが、その無理が祟って体を壊したのです。まさにドン詰まり。
正夫は、家計を助ける為、中学を卒業したら働こうと決めています。

理不尽だと思ったのは、今はそうでもないですが当時の生活保護支給は子供は義務教育までという点。貧乏な子は高校にも行けないという事です。

せめてもの救いは、正夫たちの周りには、民生委員や近所の人、靴磨き仲間のおばさん等、何かと助けてくれる善意の人がいる事。
また中学の担任の秋山先生(千之赫子)は、成績のいい正夫に目をかけていて、彼を高校ヘ進学させたいと思っているのですが、正夫の心が働く事に決めていると知って、せめていい就職先を探そうと心砕いています。いい人たちばかりを見て心が和みます。さすがは松竹映画(笑)。

やがて京子に売った鳩の一羽が正夫の家に帰って来ます。妹の保江は喜んで抱きしめますが、やがて途中で負った傷が原因で死んでしまいます。

秋山先生は家庭訪問で正夫の家を訪れます。先生を送った帰り道で、二人は京子と出会います。京子は「鳩が一羽逃げたけど、帰って来てない?」と正夫に訊ねますが 正夫は「帰って来ていない」と嘘を付きます。事情を悟った先生は京子をお茶に誘い、正夫の家庭の事情を話します。同情した京子は、父親(須賀不二夫)が大手電機メーカー・光洋電機の重役なので父に掛け合ってみると答えます。また京子は秋山先生に自宅の地図を渡し、正夫に自分の家に来るようにと事付けます。

秋山先生は父の会社で勤める京子の兄・勇次(渡辺文雄)を通して、卒業生を採用してもらうべく陳情しますが、人事担当課長は会社の方針で地方の生徒しか採用していないと断ります。都会の子供はスレてるという事らしいです。
それを聞いた京子はハンストして父に方針を変えてもらうよう説得します。その熱意に負けて京子の父は秋山先生の学校からの採用を承認します。
勇次はその事を秋山先生に伝えに来て、そのまま先生を食事に誘います。勇次はどうやら秋山先生に好意を抱いたようです。

一方京子は、地図を渡しているのに正夫が家に来ないので、残っている鳩に手紙を付けて飛ばします。鳩は正夫の家に帰り、手紙を見た正夫は京子の家を訪れます。鳩を巧みに小道具として使っているのがうまいですね。
この時、猟銃を持って出かけようとした勇次が冗談で「お前の鳩、撃とうと思ったんだがいなくなった」と言い、京子は「野蛮人!」と返します。これがラストの伏線になっているのも秀逸。

これをきっかけに正夫と京子は親しくなり、今度は京子が正夫の家を訪れます。京子を見送る途中に雨が降って来て、正夫は傘をさして二人で歩きますが、悪ガキたちに「合い合い傘」とからかわれて喧嘩となります。京子が意外と喧嘩に強いのが笑えます。傘を置いて走って逃げた二人は砂利山の上で寝っ転びます。

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うまいなと思ったのは、二人とも泥だらけになって、どっちが貧乏人だか分からなくなるシーンで、これで貧富の格差を乗り越えて二人が心を繋ぎ合わせる事が出来るだろうと期待を抱かせます。最後は残念な結果になるのですが。

正夫は光洋電機の入社試験を受け、うまく出来たと秋山先生に報告に行きますが、先生はめかし込んで何やら浮き浮きした様子。実は勇次に会いに(デート?)行くのです。

くに子は無理して靴磨きの仕事に出ますが、雨の日の仕事が祟って倒れてしまいます。大した事はなかったのですが当分働きには出られません。正夫は代わりに靴磨きの仕事に出ます。腕がいいと靴磨き仲間のおばさんから褒められますが、そこに警察官が現れ、許可証がなければ仕事をしては駄目だと注意を受けます。仲間が、この子の母が病気なのでと言っても「規則は規則」の一点張り。確かに警官の言ってることは間違ってはいないのですが、つくづく理不尽だと思わせます。

学校に入社試験の結果が届きますが、正夫は不採用でした。納得が行かない秋山先生は勇次の家まで押しかけ理由を質します。勇次は先生に、正夫が鳩を何度も売ったことが身上調査で露見したからだと伝えます。これは詐欺行為。詐欺を働くような生徒は採用出来ないとの事でした。

確かに詐欺と言われればそれまでですが、でもその行為は、誰も被害者はいないのです。鳩が逃げたのは飼い主の不注意であって、正夫に責任はありません。もし最初の飼い主が逃がさなければ、鳩は正夫の所に戻る事が出来ず、正夫はもう鳩を売る事が出来ません。飼い主が鳩を逃がしてしまった結果が、正夫が詐欺だと咎められる結果となったとすれば、これも理不尽です。脚本がうまく考えられていますね。感心します。

正夫は近くの小さな町工場で働く事を決めます。そしてまた鳩を売る事にします。儲ける為でなく、鳩とは決別する為に。そこに京子が通りかかりますが、正夫は京子に、これまで何度も鳩を売って来た事を告白します。京子は衝撃を受け、つい「それは詐欺じゃ」と言ってしまいます。もしかしたら正夫は京子と決別する為に敢えて告白したのかも知れません。
京子は憤然とし、鳩を買い取ります。正夫にもう二度とそんな詐欺行為をして欲しくない為でしょうか。
正夫は家に帰ると、鳩小屋を叩き壊します。鳩が帰ってこないように。でもその事を京子は知りません。ここにも、両者の考えのスレ違いが浮き彫りとなります。

次のシーン、秋山先生と勇次が喫茶店で話し合っています。ここは本作中で最も重要な、大島監督が言いたかった事が語られる重要なシーンです。

秋山先生は勇次に、別れ話を切り出します。どうしてと問う勇次に先生は語ります。「私たちの間には、どうしようもない問題が横たわっています。世の中では許されない行為でも、生活の為には仕方ない事だってあるのです。時と場合が違えば、私だって鳩を売るかも知れません。もっと世間が許さない事だってやるかも知れません。でも貴方はそれを許さない方ですから」「あの子を採用しなかった事、それは貴方の立場がそうさせてしまったんです。私はもう一度、教師と言う立場に戻ります。このふた月、私は自分の立場も忘れて幸せでした」
どうしても、と問う勇次に先生は涙ながらに「今、私たちの間に開いている大きな溝、貴方は埋める事が出来るとお思いですか」と問いかけます。それに対し何も言い返せない勇次。

先生の言葉には、何度も“立場”という言葉が出て来ます。「住む世界」と言い換えてもいいでしょう。この秋山先生の言葉には何度も胸を打たれます。
そして先生は階段を下りて行きます。一度も振り返らずに。階段は両者を隔てる溝を象徴しているのかも知れません。

家に帰って来た勇次に京子は、「屋上に上がって来て。そして鳩を撃って」と言います。勇次も決心したように銃を構えます。そして京子は鳩を放し、勇次は飛ぶ鳩を撃ち殺します。泣き崩れる京子。
Aitokibounomachi4このシーン、右に飛んで行く鳩を勇次が撃ち、銃声と共に鳩が下に落ちて行くまでをワンカットで撮っています。どうやって撮ったのでしょうか。

この屋上のシーン、京子の家は山の手の高台で、遥か遠くの下の方に街が見えています。黒澤明監督の「天国と地獄」の権藤邸を思わせます。あの作品も、金持ちと貧しい庶民の貧富の差を題材にしている点で本作とテーマ的にも重なります。もしかしたら黒澤監督は本作を意識したのかも知れませんね。

裕福な金持ちの人たちと、社会の底辺で生きる貧しい人たちの間には大きな溝が広がっていて、両者が分かり合える事はない、というテーマを強く訴えた、見事な力作でした。
ただラストシーン、街工場で働いている正夫が、晴れ晴れとした笑顔を見せている点が本作の救いとなっています。正夫は、貧しくとも力強く生きて行くだろう事を暗示した、いいシーンでした。映画が終わっても、涙が出て止まりませんでした。


この作品には、悪人は1人も出て来ません。せいぜい合い合い傘をからかった悪ガキくらいでしょうか。みんな善意のいい人たちばかりです。京子の父だって京子の願いを聞いて正夫を採用しようとしてくれたし、勇次も妹の事を考えてくれているいい兄でした。
それなのに、正夫たちが幸せになれない理不尽な世の中の仕組みに、大島監督は強い怒りを向けているのでしょう。

社会の底辺で生きる人たちに、限りない優しい眼差しを向ける大島監督を、私は好きになりました。
後のセンセーショナルな話題作ばかりが有名になっていますが、私にとっては本作と、後でこのベストで取り上げますが、1969年の「少年」の2本が私にとっての大島渚ベスト2です。

ただ封切り時には、「人間の條件」のような大作の影に隠れて、ごく少数の二番館でひっそりと公開され、短期間で打ち切られたようです。
おそらく試写会も行なわれなかったのでしょう、キネマ旬報ベストテンでも本作をテンに選んだのは押川義行氏と花田清輝氏の二人だけ、33位という結果でした(注) 。

大島渚監督のファンの方なら、絶対観ておくべき秀作です。

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(注)実は花田氏に、本作を是非観るようにと薦めたのは松田政男氏で、大島渚監督は後に、この2人がベストテンに選んでくれた事を感謝しています。(キネマ旬報社刊「世界の映画作家 第6巻 大島渚」より)

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